1.提案

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 花見は、好きだ。  日本人の心、なんて気取ったことを言うつもりはないけれど、美しいものを見て、美味しいものを食べて笑い合う。  この文化を、カイトは愛している。  だから花見に行こう、という誘い文句は、カイトにとっては自然なものだったし、忙しい彼を笑顔にできる気の利いたイベントだと思っていた。  だが、彼のほうはそうでもないようだった。 「うーん、いいや。別に」  カイトからの、花見に行こう、を聞いたユウヒの答えは、気のないものだった。  最近は自分の部屋に帰ることもまれになり、仕事が終わるとまっすぐにカイトの部屋へとやってくる彼は、この日もいつも通り、定位置のテレビの前でちびりちびりとビールをなめながら続けた。 「俺、人混み苦手だし。カイトもそうだよね? なにもそんな好き好んで人の群れに飛び込むこともなくない?」 「人の群れに飛び込む」  気だるげな彼の言葉を繰り返し、カイトは自分の能天気な誘いを後悔した。  日向ユウヒ。彼はカイトの恋人だが、カイト以外にも彼を心の中で恋い慕っている人間は無数にいるはずだ。  しなやかな体躯に端整な面立ち。くるくると変わる表情。どことなく危うい雰囲気が魅力の彼はデビュー以来、「恋人にしたい俳優ランキング」の上位に君臨し続けている。  それくらい、注目されている人なのだ。自分の恋人は。  その恋人を、楽しいから、桜が綺麗だから、という理由で、人混みの中に引っ張り出すというのはあまりにも考えなしだった。 「ごめん」  うなだれながら、湯気の立つジャーマンポテトの皿を置くと、ユウヒが首を傾げた。 「なに? なんでカイトが謝るの?」 「いや……花見なんて、人多いとこ、一緒に行こうなんて無神経に言っちゃって。なんていうか、ほんと考えなしだった。ユウヒの立場、もっと考えて言うべきだったよな。ごめん」  下げた頭の向こうで、ユウヒがカイトの作ったジャーマンポテトをつまむ気配がする。まだ出来立てで熱いぞ、と注意しようとした同じタイミングで、あっつ、と声が漏れてきて、カイトは顔を上げた。 「大丈夫か?」 「あっつい。口火傷した」  言いつつも箸を止めない。冷やせって、と、ビールの缶を彼の方へ押しやるのと、ユウヒがほんのりと唇を綻ばせて囁いたのは同時だった。 「けど、カイトのご飯、美味しすぎて火傷とかどうでもよくなる」  なんだかもう、酸欠になりそうになる。カイトは中華料理屋の厨房で数多の料理を作っているし、美味しい、の言葉を一日中、聞いてもいるが、ユウヒの、美味しい、に敵う「美味しい」はやはりない。 「花見さあ、行こうか。やっぱり」
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