恋人ごっこの結末は

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「君のことは愛するつもりはないし、適齢期まで言い寄ってくる女を除けるためのお飾りだから。そのことを弁えておくように」  王城で行儀見習いに来た際、初めて出会った婚約者のタルヴォから、心底冷たいことを言われてアイノの気持ちは沈んだ。 ****  アイノは辺境の地に住む下級貴族である。  どれだけ下級貴族かというと、定期的にハリケーンで領地が荒らされ、そのたびに復興作業に追われて各地に頭を下げて借金をしなかったら領民も領主も飢え死ぬという有様だった。元々そこまでハリケーンのひどい土地ではなかったらしいが、この数年は十年に一度の厄年とも言われている災厄続きで、アイノは借金のカタとして公爵家のひとり息子であるタルヴォと婚約したのだった。  本来なら子爵家のアイノは、公爵家との婚約なんて身分的にも釣り合いが取れる訳がないのだが、このタルヴォという息子、問題があり過ぎたのだ。  タルヴォの実家の公爵家は元は騎士家系だったのだが、先の戦役で貴族の爵位を与えられ、そのまま登り詰めて公爵になった。本来剣を振るう家系が貴族の社交界を泳ぎ切るなどなかなか困難だったのだが、タルヴォの父ときたら、謀略ではなく暗殺で敵対者を排除するという暗いことを繰り返して政敵を潰して回ったのだ。  本来、貴族は一子相伝なため、長男には家庭教師をたくさん付けて、どこに出しても恥ずかしくないよう文武両道に教育を施すのだが、騎士家系の癖が強過ぎたため、タルヴォはその辺りがスコンと抜け落ちてしまっていた。  成績はいい……彼は記憶力だけはおそろしくよかったのだ。剣の腕も立つ……その辺りは騎士家系出身のため、つてがたくさんあったのだ。  だが貴族に一番必要な礼儀作法というものはとんと抜け落ちてしまい、騎士は娼館に通って童貞を捨てるように、彼も女遊びがひどくなってしまっていたのだった。  これに気付いたとき、父は彼の女遊びを辞めさせるために、どうにか婚約者をあてがおうとしたが。  ほとんどの貴族令嬢はタルヴォの女癖の悪さに辟易し、父親に告げ口をして縁談を断ってしまった。  公爵家の息子は乱暴者な上に女遊びも激しい。この醜聞が社交界にまことしやかに流れるようになったため、父親は慌てた。  醜聞は別のもので上書きするしかない。彼にはさっさと武勲を立ててもらうために、体よく王城に存在する近衛騎士団に放り込むことにしたが、ここでも女遊びの激しさは治らなかった。  そこで目を付けたのが、借金で首が回らなくなっているアイノの実家の子爵家であった。  借金の肩代わりとして、タルヴォとの婚約を取り付けた。これで、彼の女癖は治るだろうと、そう踏んだのだが。  はっきり言ってこのふたりの相性は悪過ぎたのだ。  アイノは田舎の領地で育った、よくて素朴、悪くて世間知らずな娘であり、日頃からよく領民の面倒を見て災害で家が潰れた領民たちを屋敷の庭に招いては炊き出しを行っているような性分だった。当然ながら王都の礼儀作法なんて学んでいる暇はなかった。  外見は度重なる災害のために父と一緒に領内を駆け回り、領民たちを助けるべく行動していたため、大変日に焼けた娘だという。 「父上は俺に田舎女と結婚しろというのか?」  逆にタルヴォは公爵家の人間であり、王都特有の青白いほどに焼けない肌。礼儀作法は学んでいないものの、なにも知らない女であったらコロリと行くような色香を持っていた。そして田舎特有の朗らかな雰囲気を纏わせたアイノを田舎臭いと嫌悪した。  式の段取りが決まるまで、手紙のやり取りをしていたが、タルヴォは近衛騎士団にいるために言い訳して返事を出さないときもあった。アイノは故郷の田舎臭い光景をしょっちゅう手紙にしたためてきたが、それには興味がなくて読まなかったのである。  そんな中、気まぐれに読んだ手紙にタルヴォは目を剥いた。 【今度、侍女として王城に行儀見習いに出ることが決まりました。これも公爵様のおかげです。精一杯頑張りますので、タルヴォ様もお元気で。騎士のお仕事頑張ってくださいね】  タルヴォは嫌な顔をしたが、むしろ本人が来るのは好都合かと思った。  公爵家という肩書きは武器になる。女が勝手に言い寄って来るのだから。タルヴォはしょっちゅう婚約を断られるが、彼からしてみれば気位が高いだけで頭が悪い女は嫌いであった。  だからいっそのこと、虫除けの婚約をおおいに利用し、本気で結婚を考えてもいい女が現れるまで父親を騙くらかそうと踏んだのだった。
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