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「風邪が治ったばかりなのにどこへ行くの?」
「お兄さんのお家!」
直ぐにお礼を伝えたい。
そう思ったのに「もうお兄さんはいないのよ」と母は言う。
何でか聞いたけど母は答えてくれず、それから私が小学五年生になった頃、母から真実を聞かされた。
発売前の薬を私に飲ませたことにより、お兄さんは研究者としての人生を捨てたことを。
その薬はお兄さんが開発したもので、すでに安全性も確認されていたため販売は決まっていた。
だがその薬をお兄さんは私に飲ませた。
販売前だった薬を。
話さなければ誰にもわからなかったことなのに、お兄さんは自分のしたことを正直に話したらしい。
それを私に知られたくなくて、お兄さんは引っ越した。
私が傷つかないように。
幼い頃の私なら、それがどんなことなのかはわからなかっただろう。
でも、大人になるにつれて、私が責任を感じてしまうんじゃないかとお兄さんは考えたようだ。
でも私がその話を聞いたあとの気持ちは違った。
自分のせいでという気持ちはあったけど、私はあの薬がお兄さんの開発したものだったんだと知って、凄いと思った。
その後、その薬は予定通り販売されたらしいけど、お兄さんは自分のしたことが間違っていたと、研究者としての仕事を自ら辞めた。
でも今は、私がお兄さんと同じ研究者になっている。
それも全て、お兄さんがあの薬を私に飲ませてくれたから。
あんな薬が作れて、あれだけ苦しかった症状が直ぐに治った。
それは幼い私にとっては魔法みたいで、私もお兄さんみたいな薬を作りたいと思いこの仕事を始めた。
きっと今も私の開発した新薬で、あのときの私のように救われてる人がいるのかなと考えると、自然と心があたたかくなる。
「どうしたんですか? いつも険しい顔してるのにそんな嬉しそうな顔して」
「いいのよ。ほら、あの薬品持ってきて」
今もどこかにいるお兄さんにもう一度会えたなら、あの時のお礼を伝えたい。
私に素敵な夢をくれてありがとうの言葉と共に。
《完》
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