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「え? 今のって?」 「いや、甥っ子と暮らしてるのは聞いてたけど、だったらもっと広い所に引っ越してると思ったら、違うんだな」  二人暮らしだと狭くないか? と聞かれ、巽は首を傾げた。確かに灯希は大きいから存在感はあるが、狭いと感じたことはなかった。 「灯希が気を使ってくれてるからだと思うんだけど……私室もいらないって言って、ベッドも一緒だし……あまり物が増えてないから、特に不便はないかな」  巽が答えると、待て待て、と木南が慌てて言葉を挟み、巽の肩を掴んだ。巽がそれに首を傾げる。 「ベッドも一緒?」 「うん。灯希とは小さい頃からよく一緒に寝てるからあまり違和感もなくて。灯希も特に文句も言わないし」  最初の一週間で三度ほど巽がベッドから転げ落ちたので、大きなベッドに買い換えたが、それ以来、灯希は何も言わない。そもそも灯希は、巽が実家にいる時から布団を出してあげても巽のベッドで寝たがった。一度母と姉に『もう灯希も大きいんだから別々で寝なさい』と言われ、部屋を離されたことがあったが、『だったら一睡もしないから巽さんの部屋にいる』と斜め上のわがままを言って困らせていたこともあった。当然その日も灯希は巽のベッドで寝た。  だから多分、灯希にとっては一緒に寝ることが自然なのだろう。 「でも、もう大学生だろ? そろそろ色々まずいんじゃないか? 彼女だって出来るだろうし」  もう居るかもしれないよ、と木南が大きく息を吐く。それは考えたことがなかったが、確かに灯希はイケメンだし優しいし、女の子が放っておかないはずだ。 「そうか、そういう歳か」 「あれだけイケメンだし、礼儀正しいし、優しそうだったし……好きな子くらい居るだろ」  巽が好きだと言っているのでその可能性は少ないが、友達はきっと多いだろう。灯希が好きな子というより、灯希のことが好きな子は居そうだ。 「叔父さんと毎日同じベッドで寝てるなんて、気持ち悪いとか言われるかな……」  てか加齢臭とかするかな? と巽が慌てて自身の腕のにおいを嗅ぐ。木南はそれに、そうじゃなくて、と笑った。 「麻岡からはいい匂いしかしないから大丈夫。その心配じゃなくて、せめて自室がないと、連れてくることもできないだろって話。麻岡だって、自分のベッドをそういうことに使われるのは嫌だろう?」  木南の言うことは分かるが、灯希はそんなことをする子ではないと、巽自身が分かっている。例え彼女が出来て、その関係が深いものになっていったとしても、うちに連れてくることはないだろう。 「それは、多分ないな。灯希はそんなことする子じゃないし、家じゃ灯希がおれにべったりだからな」  絶対に灯希はモテるだろうし、女の子からの電話やメッセージもよく貰ってるところを見かける。けれど巽が、彼女いないの? と聞くと必ず、作らない、と答えていた。いまでもその答えは変わらないし、実際その影もない。巽のことが好きだと言っている時点でまだ恋愛に至ることはないのだろう。少し心配なところはあるが、可愛い灯希がまだ自分の傍にいてくれると思えば、少し嬉しくもあった。 「それさあ……やっぱりちょっとおかしいと思うんだよ。きっと巽のこと、親鳥だとおもってるんじゃないか? 小さい時から一緒なら、なおさら……刷り込みっていうの?」 「刷り込み?」 「だから、麻岡は彼にとってずっと一緒にいた人なんだろ? そのせいで他に目が行かないだけで、本当に今のままでいいか、なんて分からないよ」  目を覚まさせるのも親鳥の役割じゃないか? と木南が真剣な目を向ける。巽はその目から視線を逸らして、いつかね、と小さく答えた。 「木南は心配しすぎなんだよ。おれと灯希のことより、これからの自分たちの心配しなよ」  巽は残り僅かだった缶コーヒーの中身を飲み干してから立ち上がった。 「じゃあ、おれ、これの入力あるから戻るな。木南も早く帰ってやれよ」  巽が持っていたファイルを少し掲げてから歩き出した。了解、と答えて手を振る木南に笑顔を向けてから、巽はスーツのポケットからスマホを取り出した。灯希からメッセージが入っている。 『今日のご飯、巽さんの好きな鶏の照り焼きにするよ』という言葉と、『早く帰ってこいよ』というスタンプが送られている。 「……やっぱりまだ木南の心配は無縁な気がするなあ」  巽は、『なるべく早く帰るよ』と返信してから、仕事をさっさと終わらせるべくオフィスに戻っていった。
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