独唱01 深層心理の音源

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独唱01 深層心理の音源

 母は、小さなころから私に歌を歌ってくれた。  童謡、歌謡曲、演歌など、ジャンルは様々。  だけど、特に好きだったのは、クラシック。  バッハ、モーツァルト、シューベルト…。  言葉は分からない。  だけど、紡ぎ出すメロディの心地よさ。  そんな母の歌が、私は大好きだった。  母は、小さな音楽教室を経営して、  近所の子供たちに、音楽の楽しさを教えている。  だからそんな私、  瑞樹彩歌(みずきあやか)が、声楽の道を進むのは必然だった。 「お母さん、私、声楽を学びたい」 「学んでどうするの?その後は?」  母の言葉に私は即答した。 「プロになる」  だけど、母は簡単に首を縦に振らなかった。 「プロって大雑把ね?それで生活できるの?大体、プロの世界は厳しい世界。生半可な努力では食べていけない。やりたい事=仕事で成り立つ人は一握り。彩歌、あなた、その一握りになれる?」  私は、母の脅しに怯まなかった。 「なれるかどうか、それはなってみないと分からない。お母さん、私は歌いたい。甘いかもしれない。駄目かもしれない。でも、挑戦してみたい」  母は、ふっと溜息をつき、私にメモを差し出してくる。  そこには、女性の名前と住所。うちからそう遠くない場所だった。 「これは?」 「私がお世話になった先生。あなたの事は話してある。まずは、先生に認められなさい。これが最低条件」  この時、母はすでに知っていたのだ。  私の想いを。  私は、母が出した条件をクリアし、音大に進むことを許された。 □◆□◆□◆□  大学に入学後、私は自分が『井戸の中の蛙』だったと痛感していた。  同期は、美しい声を響かせる。  滲み出る才能。  私は、早々に心が折れかけていた。  そんな時、学部内で簡単な試験が行われた。 『課題曲なし。選曲自由。好きな所を好きなだけ』  試験内容は、こんな感じだった。  教授が並ぶ前で、独り立ち、奏でる。  持ち時間は3分~5分程。  教授が手を上げたら終了だ。 「では次の方、どうぞ」  廊下で待つ私に、声が掛った。  私は、母から一番聞かされた曲を選んだ。  シューベルト、ミサ曲第二番。  そのソプラノの独唱部分を歌った。  この時、私が独奏部分を歌いきるまで、  教授の手は上がらなかった。  この時の出来事が、私の声楽家としての運命を決めた。  私の声は、世の人々に『天使の歌声』と言われるようになった。
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