1章

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8、ごっくん、ごっくん  白家による英才教育を受けた紺紺は知っている。  「思い込みは力になる」ということを。    例えば、接触呪術、共感呪術……そう呼ばれる術がある。    接触呪術は、「これ、石苞(セキホウ)が肌身離さず持ってた。離れてても繋がりがあるね」と言って人形をくすぐると「わっはっは、くすぐったいですお嬢様!」と本人が笑ってくれる術。  共感呪術は、「これ、石苞にそっくり! これは石苞ね!」と言って人形をくすぐると「アッお嬢様! そこはいけませんって。あっはっは」と本人が身を捩って笑ってくれる術。  もう一つ『撫でもの』という術もあって、本人の穢れを代わりに人形に吸い取ってもらい、燃やして浄化するというのもある。  本人に似てる人形だったり、髪の毛を中に入れたりすると、より効果が出やすい。  そして、紺紺は「思い込み」を強化する妖術が使える。    幻惑の術(テンプテーション)といって、少しだけ自分の主張を相手に認めさせやすくする術だ。説得力が皆無な主張だと通用しないが。 「このとうきびは! 石苞が買ってくれたから! 石苞と(えん)があるの! 名付けて(シン)・石苞!」  とうきびの芯は、人形の代わりになる。きっとなる。  名前をつけると、グッと石苞っぽく見えてきた……気がする!    紺紺は(シン)・石苞を撫でながら、小声でわらべ歌調の呪歌を歌った。   「♪お人形さんを揺らすよ」  (シン)・石苞を軽く揺らすと、腕相撲中の石苞が「うおっ?」と奇声をあげて体を揺らした。効果が出ている。 「♪糸を結ぶよ、つないで揺らすよ ♪触れたあなたに ♪ほら、つながった」    とうきびの芯をぐいーっと右に揺らすと、視えない糸に引っ張られたみたいに石苞の全身が右に揺れた。自由自在に動かせそうだ。   「ひっく、体が勝手に、うおお?」 「む?」    腕相撲中で手を握り合っているので、ちんおじさんも引っ張られている。明らかに不自然な挙動に、二人して困惑顔だ。びっくりさせてごめんね。    「♪こわい樽は ♪遠ざけて」  えいえい、と(シン)・石苞を振り、本物の石苞(と、ちんおじさん)を油入りの樽に体当たりさせる。ドカッとぶつかり、樽はごろごろと転がっていった。 「何が起きてるんだ!? ええい!」     覆面射手が焦ったように火矢を放つのが見えた。  転がる樽を追いかけるように、ひゅんっと火矢が飛ぶ。  いけない……紺紺はサッと(シン)・石苞を投げた。 「――()ッ!」    鋭い掛け声と共に投げられた(シン)・石苞は、空中で火矢と衝突した。そして、燃え上がった。 「なんだ? わあっ!」 「燃えてるわ!」  観客が目を剥いて炎に注目する中、炎は空中で燃え尽きた。  燃えカスがポトリと落ちる。  炎上は防げた。災難に遭うはずだったのを身代わりにした形なので、『撫でもの』の術も成功だ。  それを背景に、紺紺はぴょんっと景品席から降りた。    素早く駆けて観客席に行き、覆面射手の腕をつかむ。ストンと首筋に手刀を落として意識を落とし、無力化。  意識をなくした覆面射手をお姫様抱っこの形で抱え上げると、周囲からどよめきが起きた。 「あんな華奢な娘が男を持ち上げたぞ!?」 「なんという怪力だ!」  目を疑うような顔、顔、顔。  右からも左からも正面からも、視線がたくさん集まっている。    これは、特殊体質による怪力だ。  半・妖狐の紺紺は、他者から贈り物をもらうと、身体機能と霊力が一時的に向上する。  投壺大会や石苞のおかげで条件を満たし、霊力はもちろん、身体機能も向上していたのだ。   「化け物……!」  「あう」  中には、畏怖の表情で距離を取ったり手に石を握って投げようとしている人もいる。悲しい。    でも、こういう時こそ堂々と明るく振る舞うべき! めげない!  紺紺は自分を奮い立たせて声をあげた。    「みなさん~っ、実は~っ、これ、……投壺大会の続きの余興なんですよ~~っ」    石苞が「お嬢様?」と目を丸くしつつ、どさくさに紛れてちんおじさんの手を倒して腕相撲に決着をつけている。  ちゃっかり勝ってる。   よかった。接吻しなくて済みそう。と安堵しつつ、紺紺は続きを言った。 「この覆面くんと協力して、花火で腕相撲を盛り上げようと思ったんですよ~。でも、花火はちょっと失敗でしたね。えへへ……そ、それでは~っ」    覆面射手を抱えたまま走って会場から出て、警備兵に引き渡す。 「この人、放火犯です!」  幻惑の術を使って訴えると、警備兵は覆面射手を捕縛してくれた。  火事は防げたし、腕相撲もできたし、悪い人は捕まった。よかった、よかった。  満足していると、会場から石苞が出てくる。   「お嬢様、一体何があったのですか?」 「あっ、石苞」    あのお爺ちゃんが一緒だ。   「いい勝負が観れたわい。途中の珍妙な踊りもよかったぞ」 「あれは踊ってたわけではないんですがね」    お爺ちゃんも楽しめたようだ。よかった!  紺紺はホッとしながら質問してみた。   「お爺ちゃん、さっきのお話の続きが知りたいです。お婆ちゃんとどんな風に結ばれたの?」 「おお。お嬢ちゃんも興味を持ってくれたのか。うれしいのう。わしは、結局一回も勝てなかった……じゃが、婆ちゃんは『頑張ってる姿が素敵だった』と言って結婚してくれたんじゃ」    お爺ちゃんは「爸爸(パパ)と仲良くするんじゃぞ」と笑って息子夫婦と孫が待つお家に帰っていった。 「またね、お爺ちゃん! 元気でね!」 「いやぁ、酔いも覚めてまいりましたが、おれ酔ってる間になにかやっちゃいました? 反省します。あと、おれは爸爸(パパ)ではないのですが……」 「石苞、お疲れ様。格好良かったよ」    紺紺は一瞬だけ「爸爸(パパ)」と呼んでみようかと思ったけど、やめておいた。  親を恋しがってるみたいで恥ずかしいし、本物の父にも悪い気がする。 「お嬢様、変態おじさんが景品をくれました。幸運のお守りとも言われる翡翠の連珠(くびかざり)ですね」    石苞は勝利の証としてもらった翡翠の連珠(くびかざり)を見せてくれた。 「勝利の証はお嬢様に献上したいところですが、あの変態おじさんがくれたものですからねえ。売ってしまってもいいかもしれませんね。それか、霞幽(カユウ)様に贈るですとか」 「霞幽様に贈るのはいいかもしれないね。いつもお世話になっているし」  一件落着、めでたし、めでたし。  と、お屋敷に引き上げた二人だったが、その晩、屋敷にはなんと皇帝直々の書簡が届いた。  それも、あの喋る白猫がくわえて持ってきたのである。 「石苞、見て。皇帝陛下からのお手紙だよ」 「うおお、お嬢様。すごいじゃないですか」   「何が書いてあるんだろう。見てみよう」 「何が書いてあるのでしょうね。わくわくしますね」  二人は一緒になって書簡を覗き込んだ。  書簡には、のびのびとした筆致で文字が綴られていて、御名御璽(ぎょめいぎょじ)(皇帝の印鑑)が押されていた。   『(ちん)の可愛い傾城ちゃんに特別任務を与える。「了解です、意向が飲みこめました」の返答は「ごっくん」と唱えるように。  詳しい説明は、先見(さきみ)の公子から聞くように。 ――変態おじさんより』     「あっ?」 「あ……?」  二人は同時に声をあげた。   その時、二人の脳裏に「変態おじさん」の笑顔が浮かぶ。  なんと、あのちんおじさん。  皇帝だったのだ! 「私が先見の公子だ。普段は天文密奏をしているよ」  白猫の『先見の公子』は上品に前足をそろえ、二人を見上げて人語を発した。  天文密奏とは、天文を見て「天は政治に満足してます」とか「天はこんなことを言ってます」とか皇帝に天の声を教えるお仕事だ。  一言でいうと、皇帝の信頼が厚い人である。   「紺紺さん、石苞さん。主上の御意向に、返答を」   「……ご、ごっくん」 「ごっくん……」  二人で声をそろえて返事をすると、公子は「よろしい」と頷いて皇帝からの任務を伝えた。  (いわ)く―― 「後宮の妃の中に、人間になりすまして悪事を企む妖狐がいる。序列三位の『先見の公子』と一緒に後宮を調査せよ」  ――と。
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