1 きみからはじまるうた

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1 きみからはじまるうた

うたがきこえた。 とても綺麗な、悲しい声のうた。 どうしてそんなに悲しい声でうたうんだろう。 僕は知りたくなって、目を覚ました。 「あれ……」 目を覚ますとそこは砂浜だった。 身体を起こすと、目の前には太陽の光を受けてきらきらと輝く海があった。 どうして僕はこんな所で寝てたんだろう。 思い出そうとしても何も出てこない。 砂浜、海、岩、建物はわかる。 なのに僕の家、家族、友だち、となると、確かにあったはずなのに何も思い出せない。 せめて僕の名前だけはと必死に頭の中を探す 「ホクト」 頭の中で、誰かが僕をそう呼んだ。 そう、僕の名前はホクト。 どうにかそれだけでも思い出せて、ほっとする。 さらに色々思い出そうとしたけれど、またうたが聞こえて、僕の意識は全部そっちに持っていかれてしまった。 とても綺麗な、悲しい声。 うたの聞こえる方へ向くと、そこに彼女がいた。 背中から生えた翼で身体を守るように包み込んで、閉じられた瞳からは透明な涙が頬を伝っていた。 僕はその涙を少しでも止めたくて、彼女に近づく。 「どうして泣いているの?」 僕の疑問は声になってこぼれた。 それを聞いた彼女が驚いて僕を見る。 その瞳には驚きと何故か恐怖が見えて、僕は彼女に笑いかけた。 僕は彼女を怖がらせたり、悲しませたりするつもりはない。 むしろ彼女の力になりたい。 自分でも不思議なくらい自然とそんな考えが浮かんだ。 「わたしは……「ねぇ、そこのおふたりさん」」 彼女の小さな声に重なって、知らない声が聞こえた。 声の主の方を見ると、それはなんだか不思議な光景だった。 海の上に座った、笑っている女のヒト。 いや、下半身が魚だから笑っている人魚、になるのかな。 「海の魔女……」 「そう、呼ばれる事もあるわね」 僕が目の前の光景について考えていると、 僕の隣にいた彼女が白い顔をさらに白くして、つぶやいた。 人魚の女性もその言葉をきいて、面白そうにさらに笑みを深くする。 「私と契約をしない? 私の探しモノを見つけてくれたら、私がアナタたちの願いをそれぞれ叶えてあげる」 とても面白そうに、人魚はそう言った。 「もし、見つからなかったら?」 「その時はその時よ。何もかわらない、そのままね」 「アナタたちにとって悪い話ではないでしょう?」と人魚は背中がぞくぞくするような表情でワラウ。 確かに悪い話ではないように思う。 探しモノが見つかれば、僕の真っ白な記憶を取り戻せるということだろう。 それに彼女の悲しみを取り除くことだって出来るだろう。 「いいよ、契約しよう」 「OK、彼女はどう?」 その言葉に彼女が不安そうに僕を見る。 僕は大丈夫だよ、微笑んでみせると彼女も小さく頷いてくれた。 「ふふ、ではそれぞれ名前と願いを教えて」 「僕はホクト、僕の記憶を全て取り戻したい」 「私はカナリア、苦しみ悲しみを全て捨ててしまいたい」 僕たちの言葉を聞いて、人魚は呪文のようなよくわからない言葉を唱える。 すると海が眩しいくらいに光って二筋、僕と彼女へ降り注ぐ。 でもつめたくもないし、身体も一切濡れない。 不思議だ。 「これで契約は成立ね」 人魚は嬉しそうに笑った。 「それで僕たちは何を探せばいいの?」 「**を見つけて」 「え?」 人魚の言葉は何度聞き返してもノイズのようで、鮮明に聞き取れない。 それは彼女も同じようだった。 人魚はそれもわかっていたように、また笑うと 「見つければ、それがそうとわかるわ」 そんな言葉を残して海に消えた。 「……どうしよう」 ポツリとこぼれた言葉は僕のものではない。 顔を白くしたままの彼女が不安でたまらず言葉となってこぼれたのだろう。 「大丈夫だよ」 何か自信があった訳ではない。 でも僕の心は何故かそう信じられたから、それを彼女にも伝えたくて手を伸ばす。 「きっと僕たち2人なら大丈夫だよ」 「……うん」 おそるおそる伸ばす彼女の手を取って、笑う。 うん、大丈夫。 これからどうなるかなんてわからない。 むしろ僕は僕のことすらよくわからない。 でも、君が僕を信じてくれたから、きっとこの先もうまくいくような気がするんだ。 きっと僕の勘はよく当たるよ。 当たった記憶もないけどね。 これが僕、ホクトと彼女、カナリアの出会い。 君と僕のはじまりの話。
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