【短編小説】家族の不幸の果てに

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【短編小説】家族の不幸の果てに

 今日は祖父が亡くなった8月7日、北海道では七夕だ。僕は祖父のことが大好きだった。死因は自死だ。祖父は足が痛くて歩くのもやっと。7回目の手術がある。だが、手術当日、祖父は家からいなくなっていた。どこに行ったのだろう。祖父は父の親。地元の親戚や近所の知り合いに連絡してもいなかった。仕方がないので警察署に行き、捜索願をだした。  そして数日後、僕のスマホに警察署から電話がかかってきた。でも僕は仕事中ですぐには出られなかった。午前の15分休みの時、警察署に折り返し電話をかけた。話の内容は、祖父が見つかったというもの。でも、地元の山の中で首吊りをしていたという。祖父はなぜ死ななければならなかったのか。心当たりが1つある。それは、幾度となく手術はしたが、足は良くならず、耐え切れず、生きるのが嫌になったのではと。もし、そうならもったいない話し。痛まなくする手術をする予定だったから。どういう手術かというと、足の根本から切断して義足を作るということだ。    この話しを知ってか知らずか、祖父は自らの命を絶った。僕は仕事を早退させてもらい、警察から聞いた病院に向かった。霊安室で、哀れな姿を祖父のかかりつけの病院で見せてもらった。その姿はとても酷いもので、祖母や僕の妹にはとてもじゃないが見せらないと思った。ショックが大きいから。でも、両親には見せなければならないだろう。それと、祖父の子ども、僕から言えばおじさんやおばさんに当たる人。やはり、見せるべきか。  正直、僕以外には見せたくなかった。ショックがあまりにも大きいと思うから。でも、そういうわけにはいかないのが現実。祖父の子どもは、僕の父を合わせて3人いる。長男は僕の父。残りの2人は長女と次女。  僕は一旦、自宅に戻って一連の流れを両親に話した。父は、 「それは見ておかなければならない。兄妹にもだ。それと母さんにも見せなければ」  と言ったけれど僕は、 「ばあちゃんにも見せるのか。ショックが大きくないか?」  そう言ったが祖父の妻だから見せないわけにいかない、と言い見せることにした。    葬儀も終え、ひと段落した。僕の氏名は高見山英彦(たかみやまひでひこ)、30歳。 独身だが彼女はいる。彼女は大里美津子(おおさとみつこ)、35歳。 「子どもが欲しい」  と口癖のように言っている。子作りは美津子が38歳くらいになってからでも遅くはない、と思っている。あと3年は遊びたい。赤いフレームの眼鏡をした美津子はとても真面目そうに見える。いや、実際、真面目だ。彼女の職である教師の仕事も大変そうにしているが休まず働いている。偉い! 僕の職業はというと、図書館で働いている。この仕事は大学を卒業するまでにとった資格。図書館司書、というやつ。この資格を持っている職員は僕以外にあと1人いる。残りの2名はパートなので資格はいらない。学校の図書室だと、パートでも資格は必要らしいが。僕は本が好きで、毎日、仕事が終わると夕ご飯を食べ、入浴した後、必ず読書をしている。小説などの文章を書こうとも思ったが、難しいので断念した。だから、文章を書ける人を尊敬している。それは、僕の妹のことだ。趣味で小説やエッセイを書いている。 「出版社に応募してみたらどうだ?」  と言ったことがあるが、気楽に書きたいように書けるから趣味のままでいい、と言っていた。もったいないと思うがそれが本人の意志だから仕方がない。  その妹がレイプされた。僕はいたたまれない気持ちになり、すぐに警察署に妹の理子と一緒に行った。理子は怯えており、震えていた。 「男がこわい……! 怖い……!」 「僕のことも怖いか?」 「お兄ちゃんは……大丈夫だと……思う」 「そうか、それなら良かった」 「でも……気持ち悪かった……」  泣きながら言っている。意気消沈するのは当然のことだろう。 「ナイフで脅されてね……、されるがままだった……」  理子の言っている光景を想像すると、可哀想で仕方がなかった。それを頭からすぐに抹消したかった。でも、そういう想像に限ってなかなか頭から消え失せないものだ。なぜかはわからないけれど。  警察署に行ってみると、犯人を見つけ次第、裁判を起こすか尋ねられた。そこで聞いた話しに寄ると、かなりきわどいことを訊かれるらしい。具体的にどんなことを訊かれるかも教えてもらった。そんな質問は理子には訊かされたくないし、その答えも僕は聞きたくない。  まずは病院で検査をすることになった。男の体液が理子の中にないかどうかを。僕は母に電話をして、これから検査をする。婦人科の病院でたまに母が診てもらっている。なので、知っている病院なのであえてそこを選んだ。他にも患者さんがいたので、すぐには診てもらえない。30分くらい待って名前を呼ばれ診察は1人で行った。事情を話したのだろう、すぐに検査をすることになった。そして結果は男の体液はないと判明した。良かった。でも、理子が受けた精神的ダメージは残ったままだ。僕は精神科に行くことを勧めた。でも、妹は同じ話をしかも性的なそれを何度も話したくないという。そこで僕は思った。精神的ダメージは時間が経てば解決するものなのかと。それを理子に言うと、 「そんな簡単なものじゃない!」  と逆に怒られてしまった。 「でも、男の体液がなくてよかったな」 「まあ、それはそうだね。もし、体液があったら最悪だよ……」 「そうだな。それともう1つ訊きたいことがあるんだけど、小説やエッセイを書く気はまだあるのか?」  理子は考えている様子で慎重に話した。 「うーん、こんなことがあった後だから今はその気になれないかな……」  僕は非常に残念に思えた。 「お兄ちゃんが前に言ったように、確かに趣味だけで終わるのはもったいないね。気が向いたらまた書くよ」 「そうしてくれ。理子が小説を書いたり、エッセイを書いたりするのは僕にとって誇りなんだ」  そう言うと理子は驚いた顔をしていた。 「え! そうなの? それは知らなかった」 「言ってないから知らないわな」  僕はそう言って笑っていた。 「でも、嬉しいよ」 「そうか」 「じゃあ、裁判は起こさないんだな?」 「うん、起こさない」  祖父が亡くなって一週間が経つ初七日だ。法要は家族と親戚だけで行われた。僕は祖父の哀れな姿を思い出した。今は冬だから祖父の遺体は凍っていた。だからそんなに腐敗は進んでいなかった。親戚のおばさんは、 「気の良い父さんだったけどねえ……」  と故人をしのんだ。祖母は、 「何で自殺なんかしたのか……馬鹿なじいさんだ……」  祖母はしみじみとそう言い、生きている時の話しをした。 「じいさんは戦争には行かなかったけれど、戦争の話しが好きでねえ、何度も同じ話をしていたよ」  おばさんに当たる人は、 「そうそう、してた。元気な頃ね。足を悪くしてはあまり聞かなくなったけど」  と言って、それに対して祖母はこう言った。 「もうそんな話をしている場合じゃなくなったんじゃないかな」  父も喋り出した。 「それはあるかもな。足悪くしてからは口数減ったし」  僕と妹は黙って聞いていた。理子はどう思っているかわからないけれど、僕はあまり口を挟まない方が良いかと思って何も言わないでいる。大人同士の話しだから。僕も大人といえば大人だけれど。それに、祖父の昔の話はわからないから尚更だ。  2時間くらいして親戚は帰った。家族が5人になってしまい、何だか寂しいような気分だ。妹の理子は、レイプ事件があってから、すっかり元気がなくなってしまった。犯人はどんな奴だろう。僕の手で八つ裂きにしてやりたい。それくらいムカついている。それを理子に言うと、 「気持ちは嬉しいけれど無茶なことはやめてね。お兄ちゃんまで犯罪者になったら困るから」 「一発くらい殴りたい!」 「その1発が3発5発と増えていくかもね」  理子は苦笑いを浮かべていた。そして、理子はこう言った。 「とにかく、お兄ちゃんが警察に捕まるようなことはやめてね」 「わかったよ!」  僕は理子の味方だからそう言っているのに、彼女は中立の立場にいようとする。まあ、僕の味方でもあるのだろうけれど。理子は散々泣いたからなのか、何事もなかったかのようにしている。強いなぁと思った。 「何だか理子は犯されても平気な感じに見えるな」 「そう? そんなことないのよ。我慢しているだけだよ」  そうなのか、と思った。  僕は祖母を町立病院まで送って順番がくるのを待っていた。祖母は胃腸の調子があまり良くないようで、毎月薬を貰いにこの病院の胃腸科にかかっている。今日は採血をする予定で約2時間待った。これじゃあ、予約の意味がない。でも予定通り順番がきて採血をした。結果が出るまでやや暫くかかった。結果はその日に出る。30分くらい待っていると看護師に名前を呼ばれた。そして、祖母は僕と一緒に診察室の中に入った。医師は神妙な面持ちで言った。 「高見山さん、糖尿病ですね。入院しないといけませんね」  祖母は驚いた顔をして、 「え! まさか、嘘でしょ!?」 「いえ、嘘じゃありません。検査結果に数値が出ています」 「どれくらい入院すればいいの?」  祖母は明らかに動揺している。 「まあ、2ヶ月くらい入院すれば正常値に戻ると思います」  祖母は僕の方を見て、 「入院の手続きとか、準備とかしないといけないな。迷惑かけるかもしれんけど、すまんね」  と言った。僕はこう言った。 「いやあ、そんなことはいいけれど、早くよくなるといいな。僕は今日、午後から仕事になっているから、母さんに後は任せるよ」 「そうかい、わかったよ。でも、千代(ちよ)さん、快く準備してくれるかね」  そう聞いて僕は吹き出した。千代とは、僕の母のことだ。 「大丈夫だって。母さんは看護師だけのことはあって、入院とかそういったことには協力的だから」 「そうなのかい」  僕は頷いた。  看護師が僕らの会話に入った。 「とりあえず入院のお話は待合室でお願いします」 「あ、すみません。わかりました」  祖母はそう言って診察室を出た。  待合室に2人で待っていると、女性看護師がやって来た。その看護師は可愛い顔をしていた。僕に彼女はいるけれど、二股してでも付き合いたいほどだ。だけど、初対面で付き合ってとは言えない。何度か会う内に誘ってみよう。きっと20代だろう。若い女性は好きだ。 祖母に、 「とりあえず帰るわ。母さん明日は確か休みな筈だから事情を説明しておくから」 「わかった、悪いねえ。宜しく頼むよ」  そう話した後、僕は帰宅した。母の看護師の仕事の勤務時間は9時から18時までだと思う。帰りに買い物をしてくるから、30分から1時間くらい遅れて帰ってくる。毎日ではないけれど。2ヶ月も入院するなら、ある程度の量の服やズボン等を持って行かなければならない。荷物は多いかもしれないから、僕が帰宅したら運ばないといけないかもしれない。それか父に動いてもらうか。父は何もしていないから頼むかな。  父の職業はコンビニの店長で、帰宅したらいたので祖母の事情を話すと、 「おお、明日は午後から仕事だから、午前中なら行けるぞ」  僕は思った。母がこれから夕食の支度をしてそれから病院に荷物を届けるとなると、遅くなるなと思った。だから、父だけに任せよう。それも伝えた。父は、 「面倒だなぁ」  と言っていた。僕はその発言に対し、 「自分の母親の事だろ!」  強い口調で言った。 「それはそうだけどよ」  父は不機嫌になった。その代わり、 「母さんに持って行く物を用意してもらうからさ」  と言うと、 「それは当たり前だ」  今度は父が強い口調で言ってきた。  何でそんな言い方するかな、と思ったが言わなかった。ここで揉めても仕事に行く準備をする時間が無くなるだけだ。僕は父ほど感情的じゃないし、馬鹿じゃない。ムカついたからそんな事を思ったのだけれど。 「母さん、ばあちゃんの入院の道具、用意してね。父さんに運んでもらうから」 「分かってるよ!」  何だ、母も機嫌が悪いのか。祖母の入院を境に家庭内の空気が悪くなってしまった。両親も僕も仕事があって忙しいけれど、協力してやらないと駄目だ。あと、妹の理子にも手伝って貰おう。両親や妹は他人事の様に考えている、そんな風に感じる。僕は彼女の大里美津子に会いたい。  彼女にメールを送った。 <美津子に会いたいよ> <会おう? 暫く会ってないよ。私も英彦に会いたいよ。仕事終わったら会おう?> <うん、そうだな。会おうか>  大里美津子とは明日の夜に会う予定。楽しみだ。彼女を思いきり抱き締めたい。骨が折れるくらいに。それくらい会っていないし、それくらい気持ちが強くなっている。僕はあることを思いついた。同棲しようと。その事を明日の夜に伝えてみよう。一緒に住みたいと言うだろうか。  翌日、僕は図書館での勤務を終え帰宅した。今は18時過ぎ。僕は夕食を美津子と一緒にとろうと考えている。まだ伝えてないので言わないと。たまには美津子のカレーライスが食いたいな。食べながら話がしたい。早速、メールを送った。 <なあ、美津子。面倒でなければ今夜、美津子の作ったカレーライスが食べたいな。面倒かな?>  メールは少し経ってからきた。 <うん、いいよ。話し? 何だろう>  僕はすぐにメールを返した。 <行ったら話すよ、シャワー浴びてから行くから> <私の部屋で浴びればいいじゃん> <そうだな、そうするわ> <何、遠慮してるの?> <いや、そういう訳じゃないけど。じゃあ、今から行くわ> <分かったー! 待ってるねー!>  20分くらいで美津子が住んでいるアパートに着いた。車から降り、部屋のチャイムを鳴らした。走って玄関まで来る足音が聴こえる。 「はーい!」  という声が聞えた。 「僕だよ!」  と言った。ドアを開けると、美津子は満面の笑みを浮かべながら、 「入って!」  そう言った。彼女はめっちゃ元気だ。そして、こう言った。 「会いたかったよー、今まで何してたの?」 「いろいろあってさ、まあ、上がらせてくれよ」 「あ、ごめん。入ってと言ったのにね」  そう言うと僕らは爆笑した。そして、いつもの白いソファに座った。 「いやー、いろいろあって大変だったよー」  僕は、愚痴をこぼすかのように喋った。 「じいちゃんは自殺するし、妹は変な男に襲われて男が怖いって言うし、ばあちゃんは 糖尿病にかかって入院するしで、忙しかった」  美津子は僕の話を聞いて、気の毒そうな表情になった。相変わらず優しい。  祖父、妹、祖母の詳しい事情を話して聞かせた。 「あら! そうだったんだ! それは大変だったね。疲れたでしょ」 「正直、メンタルがね。仕方ないけど」  美津子は言った。 「まあ、家族の事だから仕方ないよね、他人に言う訳にもいかないし」 「そうなのさ、分かってくれるんだね! さすが僕の彼女」  美津子は笑っていた、そして、 「カレーライス作るね」  と言いながら立ち上がった。 「具材とかはあるのか?」 「うん、あるよ。さっき確認したら大丈夫だった」 「そっか、よかった」  野菜を切る音が心地良い。好きな人がやってる事だから尚更だ。僕はテレビをつけた。野菜などを炒める音で喋っている声が聞えないから、一旦テレビを観る事にした。でも、テレビの声も同様に聴こえない。仕方ない、ジュースでも飲んで待つ事にした。10分くらいして炒め終わったようだ。音が消えたから声やテレビの音が聴こえるようになった。見てみると鍋で似ているようだ。 「あとは煮るだけ」  そう言いながら近づいてきた。なので僕は気分が良い。自然と笑みが出る。嬉しい。  カレーライスが出来たようで、大き目の皿によそってくれた。 「で、話ってなに?」  美津子は訊いてきた。 「うん、その事なんだけど、同棲したいなと思って」 「同棲? それなら結婚したほうが良くない?」  僕は笑ってしまった。 「確かに。じゃあ、改めて言うね」 「うん」 「僕と、結婚して下さい」 「はい、よろしくお願いします」  指輪も何も用意していなかった。まさか、結婚に至るとは思わなかったから。幸せな家庭を築きたいと心底思った。美津子もきっと同じことを思っているだろう。2人の子どもも欲しいし。急な話しだからお互いの親にも会ったことがない。まずは、そこから。どのみち、一緒に暮らそうと思っていたので心の準備は出来ている。焦る必要はない。式は挙げるか、披露宴は開くかなど、考えることは沢山あるけど、頑張る! 2人の明るい未来の為に!                                   了                                             
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