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「もう、あんたまでビビってどうするのよ」  トモコが言う。 「ど、どういうことだ?」  タカシがたずねる。 「よく見てみなって。これ、ただの人形じゃん。たぶん、誰かがいらなくなって捨てたんだよ」 「え? 人形?」  タカシは首をめぐらした。ふたたび桜の木のしたの穴を見る。そこには、目をつぶって横たわる赤ん坊の人形があるだけだった。 「なんだよ、作りものかよ。驚かせやがって」  ほっとタカシが胸をなでおろす。 「お酒飲みすぎだって。あはははは」  トモコが笑う。 「まったく、このクソ人形。おれを驚かせた罰として、ぶっ壊してやる」  笑いものにされていらついたタカシは両手を伸ばす。土のなかに手を入れて、人形を持ちあげようとする。まわりにいたほかの十四人もタカシの腕をのぞきこむ。みなの身体が一箇所に集まった。その瞬間だった。人形の顔がユウセイの顔になり、目と口が開いた。 「桜の木を傷つけるな!」 「え?」  目や口や胸や腹から勢いよく木の根が飛び出す。触手のように無数に出てくる。その根の先端がタカシやトモコや、折り重なったその他のサークルのメンバーの身体を思いおもいに貫いた。夜の闇に血の雨が降り、木の幹を赤く濡らした。 「あーあ」  サークルのメンバーから離れたところに、ポツンと立っていたユウセイがため息をついた。 「だからダメだって言ったのに」  チラと看板の文言に目をやる。 『桜の木を傷つける行為を禁止する』 「どうして、こんなところにきちゃったんだろう……こいつらは」  その答えをユウセイは知っていた。なぜなら、新人の大切な仕事として、場所とりをしたのはユウセイ自身だったのだ。わざとこの丘のうえに場所とりをし、わざと見つかるように土を掘り起こした跡を残した。そして、わざとこの呪われた人形を土のなかに埋めたのだ。  なぜ、彼がそんなことをしたのか。その理由は簡単だった。 「今年こそは、友達ができると思ったのに」  それは、彼の心からの願いだった。彼は生まれたときから、ずっとほしかったのだ。(じぶん)を大切にしてくれる優しい友達が。 「はあ」  ため息をつく。 「でも、しかたないか」  目のまえの現実を、しぶしぶ受け止めるようにユウセイが言った。 「これで、この桜の木も、来年は綺麗なピンク色の花を咲かせられるね」  そうすればきっと、桜の木を大切にしてくれる友達ができるかもしれない。彼の孤独もそれまでのがまんだ。来年は違う学校のサークルの花見に参加してみよう。今度は真面目なサークルだったらいいな。ユウセイと注意書きの看板と十五人の死体が、夜の闇に溶けて消えた。 『桜咲くまで』 終わり
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