彼岸の桜

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彼岸の桜

なんだか嫌な夢を見た。 汗ばむ顔を腕でごしりと拭うと、ようようと起き上がった。 まだ、窓の外は暗い。 手元にあるスマホを手繰り寄せて時刻を確認してみれば、まだ3時だ。 とりあえず、トイレへ行こう。 用を足して部屋に戻ると布団は綺麗に畳まれている。 はて、いつ布団なんぞ畳んだのだろうか。 眠気はないから、このまま起きるべきだろか。 もう一度、布団を広げるのは面倒である。 ぱちり、と布団の上で目が覚めた。 いつ二度寝したのだろうか、 それとも畳んで起き出したのは夢だったのだろうか。 首を捻りつつも布団から這い出した。 部屋から出ると黒い子猫が足元を通りすぎていった。 私はいつの間に猫を飼ったのだろうか。 それとも、どこからか入ってきた猫なのだろうか。 どこか覚めやらぬ頭で居間の扉を開けた。 炬燵では、母が眠っている。 なんだ、眠っているのか。 はてと思い出した。 母はとうの十数年前に亡くなっている。 炬燵の上で黒猫が鳴いた。 「ヤマト、帰ってきたのか。」 五年前に家に帰って来なくなった黒猫が目を細めて喉を鳴らす。 ヤマトは、腕にスリスリとしたかと思うと、おもむろに二足歩行で立ち上がり、こちらをじっと見た。 「にゃあ。」 と一声鳴くと、盆踊りのように躍りながら窓へと出ていった。 ヤマトの年齢を考えれば、猫又になっていてもおかしくない年である。 ヤマトはついに猫又になったのだろうか。 と、慌てて外へと出た。 夕闇だった。 彩りの提灯が家々に灯り、祭りの様子である。 浴衣を着た人々が笑いながら手招きをする。 「踊りましょうよ。」 「盆踊りですか?」 はて、こないだまで桜が咲いてなかっただろうか。 「阿波おどりよ。踊りましょう。」 と、細面の浴衣美人が白い手で手招く。 その白さに惹かれながら、踊りの輪に入った。 「足元には気をつけて。」 そう言われて足元を見れば、いろんな模様の猫達が二足歩行で踊っている。 頭の上に手をあげていることから、阿波おどりなのだろうか。 猫と浴衣の人々に混じって見よう見まねで、踊ってみる。 一周する頃にはなんだか楽しくなってきた。
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