学校

1/4
68人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ

学校

 予鈴五分前に千歳が教室に足を踏み入れた時には、すでに千歳以外のクラスメイトは全員揃っていた。自分の席に向かいながら静かに室内を見回すが、どこを探してもクラスメイトの死を悲しむ者の姿は見当たらない。むしろ、いつもより陽気な喧騒に満ちていた。 「おはよう、蘇芳さん。門のとこ凄い人だったでしょ? 大丈夫だった?」  千歳が席に着くと、仲のいいクラスメイトたちが話しかけて来た。千歳は困ったように微笑を浮かべる。 「凄いことになってたから、ちょっと怖くて入れなかったの」  千歳は学校では標準語、家や親しい友人達の前では大阪弁と、話し方を使い分けていた。千歳の使う大阪弁は特に口が悪いため、品行方正の優等生スタイルには似合わないからだ。 「だと思った。皆で、きっと蘇芳さん、あの人だかりの後ろで『入れない、どうしよう』って困ってるよって言ってたの」  ねえ、と周りの友人達に確認するクラスメイトに、皆笑いながら頷いた。 「そうだったの?」と千歳も小さく笑い返す。正門前は確かにマスコミとそれを押さえる教師陣、そしてその異様な雰囲気に怖気づきながらも中に入ろうとする生徒達でごった返していたが、元旦の福袋争奪戦に比べれば屁でもなかった。 「でも松山さん、本当に亡くなったのね」 信じられないとでも言うように告げた千歳に、クラスメイト達は笑うのを止め、でも決して悲しみの色は見せずに「ねえ」と浅い相槌を打った。 「私、知ってる人が死ぬのって初めてなんだよね」 「私も。テレビ見てびっくりしちゃった」 「クラスメイトが死ぬとか、なんかドラマみたいだよね」  千歳が所属している大人しく真面目なグループの中に、松山千秋と直接関わりのある子はいない。滅多なことでは人の悪口を言わない彼女達なら、通常ならそれが全く関わりのない相手だったとしても、心からの悔やみの言葉を口にしただろう。そんな彼女達から他人事のような希薄な言葉しか出てこないことに、松山の嫌われ具合がいかほどだったのかを再確認させられた。 「絶対碌な死に方しないだろうと思ってたけど、マジざまあ」  地獄耳が拾った声に、千歳は教室内を見回した。各々親しい者同士で集まりながら事件について盛り上がっていて、松山がつるんでいた派手な女子のグループは、窓際の一番後ろにある早川苗の机の周りに集まっていた。 「これでやっと平和な学校生活送れるわ」 「ホント、犯人様々だよね」 「今日学校終わったら、パーティーしようよパーティー」  ざっと見る限り、彼女達のグループが一番松山の死を喜んでいるように見える。彼女達も松山の暴君ぶりにはうんざりしていたので、松山が死んで清々しているのだろう。 「ねえ苗、松山の机邪魔だから捨てていい? ゴミ捨て場に」  笑いながら訊ねる友人に、自分の席で携帯をいじっていた早川苗が、顔を上げずに静かな笑みを返す。茶色いショートヘアーが良く似合う、目鼻立ちが整った小さな顔は凛々しく美しく。口数が少なく、グループに居てもどこか一匹狼な雰囲気を漂わせている彼女だが、松山と違って彼女を慕う者は多かった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!