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松山千秋のニュースが終わると、都内にある動物園がテレビに映し出された。
昨日の夜八時過ぎ、高校三年の男子生徒が、園内で一番人気のホッキョクグマのウィニーがいるブースに柵を乗り越え侵入し、ウィニーに襲われ死亡。止めに入った職員も数人負傷し、園内は一時騒然となり。麻酔銃で眠らせたためウィニーに怪我はなく、男子生徒の着ていた洋服のポケットには、ウィニーの大好物のリンゴが入っていたという。
朝食を食べ終え、椎茸だけが残ったお椀の上に空っぽのお茶碗を重ねる。ごちそうさまと両手を合わせながら疑問を口にした。
「動物園って、そんな遅くまでやってたっけ?」
「ナイト動物園って言うのが、今月から十月まで閉園時間九時まで延ばしてやってんねん。夜行性で昼間はだらけてる動物も夜は動き回ってるから、結構人気やねんて」
姉の説明に「で、ふざけて柵入って殺されたんか。アホやな」と呆れる母。「こりゃあ文句は言えんわ」と残った漬物をポリポリとかじりながら父も同意を送る。
しかし、男子生徒が一人で動物園に来たと思われる、とアナウンサーの女性が告げた瞬間「一人?」と四人分の疑問の声が上がった。
「どう考えても、カップル率九十八パーセントの夜の動物園に、男子高校生が一人……だと?」
顔を強張らせる万里に、母が飲んでいたお茶を吹き出した。
「何が『……だと』やねん。人が茶飲んでる時に笑わせんといてよ。ていうか、後の二パーセントは何なんよ」
「家族連れと友達同士」
「それもっと多いやろ」
「なんならカップルより友達同士の方が多いやろ」と千歳が母を援護するも、万里は無視して首を振った。
「憐れだ。そして惨めだ」
「何が惨めなんよ」と笑いながら母が問う。
「だってこれ、ふざけて入ったんじゃなくて、彼女のおらん寂しい人生をはかなんで、自殺目的で入ったかもしれんやん」
すかさず千歳が「どんな妄想やねん」とツッコミを入れた。
「て言うか仮に自殺するなら、もっと人の迷惑にならん方法で死ねっちゅーねん」
この姉は本当に何もわかっていないと、万里は憂いながら死んだ男子生徒の気持ちを代弁する。
「これは復讐やねん。彼女のおらん男を可哀想って嘲笑ってたリア充どものデートをぶっ潰すための、モテへん男の復讐やねん。多分きっとこのニュースに感化されたモテへん男どもが、さながら特攻隊のごとく、遊園地やら水族館やらデートスポットで次々とその身を犠牲に……」
母と千歳の声が、万里の言葉を遮るように揃った。
「絶対ない」
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