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今日、菫はあの老婆に会った。
もしかしたら、あんな人がほかにいるのかもしれない。他に人が見つかれば、繋がりを取り戻す方法も分かるかもしれないし、繋がりたいと願う気持ちはきっと、黒羽の生きるための力に変えることもできる。
少しだけ、自分のすべきことが見えてきた気がした。
「……そうか。にいちゃんにも手伝えることはあるか?」
椿の問いに菫は首を横に振る。
「いいよ。にいちゃんは仕事もあるし」
「仕事はお前もあるだろう」
即答で言い返されて、ぐうの音も出ない。菫が本気で嫌がること以外では、椿は自分の意見を曲げはしないのを菫は知っていた。
「うん。じゃあ、休みの日。時間のある時だけでいいから。平丘小近くの稲荷社の掃除。手伝ってほしい」
だから、菫は諦めて、そう言った。正直な話、手伝ってくれると言われたのは心強かった。
「平丘小近く? ああ。黒羽稲荷の本社か」
菫の答えに、少しだけ思案気な表情になったあと、何かを思い出したように椿は言う。
「え? 知ってんの?」
平丘小は菫や椿が通っていた小学校ではない。現在、住んでいる地区の祭りにすら興味がない椿が知っていたのは意外だった。
「ああ。昔な……。親父とお袋が離婚した頃から、よくお前、迷子になることがあったんだけど。何故か、あそこで見つかるんだ。大抵その後は熱出すから、お前は覚えてないかもしれないけどな」
熱を出す。という言葉に菫ははっとした。
「……全然。覚えて……ない」
「ああ。やっぱりな。お前に『どうしてこんなところにいるんだ?』って聞くとな、『のぶ君が連れてきてくれた』って言ってたけど……あそこのそばに友達でもいたのか」
やっぱり。と、思ったのは菫も同じだった。熱を出したこと自体は菫も覚えているが、その前後のことは覚えていない。その間におそらく菫は黒羽と会っていた。いや、助けられていた。
けれど、黒羽はそれを菫に言わなかった。
それが、何故なのか、今なら、分かる。分かる気がする。
黒羽はもう、そんな人との繋がりを断つつもりなのだ。だから、敢えて菫を助けたことを告げなかった。きっと、それが繋がりになってしまうと分かっていたからだ。
時代の流れに逆らうことなく、黒羽は消えて行こうとしている。と、菫には理解できた。
「あの神社の掃除をするのか? 勝手に入って大丈夫なのか?」
どうしてそうするのか。とは、問わず、椿は菫に尋ねた。
「……区長さんには許可取った」
理解はできたけれど、菫には納得はできなかった。
少なくとも、新三や冴夜は、黒羽に消えないでほしいと思っている。黒羽だって、それを知っているはずだ。
それに、あの老婆も、あのまま、神社のことを後悔させておいていいとは思えない。
「元通りは……無理かもだけど。できることをするよ」
それが、菫自身の我儘だとしても。と、心の中で続ける。
いつの間にか、涙は乾いていた。
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