そこにあるお花見

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 ただいま、と言ったら部屋に琉がいなかった。ワンルームの部屋がしんとしていて、でも見ると靴とか電気はそのままで、あれ? と思っていたらベランダにいた。窓の向こうであたしに気づいた琉が、「おかえり」と口の動きだけで言って笑った。 「どうしたの?」  窓を開けて言った。  琉は部屋着のパーカー姿でベランダの手すりに両手を置いていた。 「見て。あそこ」  日暮れの外を琉が指さす。琉は煙草も吸わないし、ベランダに出る用事なんて無いはずだから下に物でも落としたのかと思ったけど、違うみたいだった。 「なに?」 「あんなとこに桜、咲いてる」  視線の先を見ると、並んだ一戸建ての隙間に埋もれるようにして小さな桜が咲いているのが見えた。 「ほんとだ」  あたしも外に出て、並んで手すりから眺めた。この部屋に住んで一年くらい。あんなところに桜の木があったことも気づいてなかった。 「あれどのへんかな?」  琉が言う。近所の道でもベランダから見ると場所がぴんとこない。 「自販機の角曲がった道かな」  歩いて通る時の道を思い出してみる。 「あ、あのへんにちっちゃい公園あった気がする」 「えー。公園なんてあったっけ」  琉が隣で楽しそうに言った。もう冷たくなくなった風が、少し癖のある琉の黒い髪を揺らす。 「そうそう。鉄棒と砂場くらいしかないちっちゃい公園。お花見しに行く?」  行かないだろうなあと思いながら言う。帰ってきたところなのにまた外に出るのはあたしも億劫なんだけど、なんだかちょっと言ってみたかったのだ。ん-、と琉。 「明日でもいいんじゃん」  予想通り部屋から出たくなそうな返事だ。 「明日雨だって」 「あさっては?」 「雨で桜散っちゃうよ」  億劫だと思ってるくせに、つい楽しくなって説得してしまう。 「じゃ、行こう。今から」 「え、ほんとに?」  そうだねえって曖昧に言って終わるかと思っていたから、琉の返事にあたしの方が聞き返してしまった。 「さーちゃんが行こうって言ったんじゃん」  琉が笑って言った。機嫌がいいときの呼び方であたしを呼んだ。もう冷たくない風が吹いていい匂いがする。
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