前編(攻め視点)

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前編(攻め視点)

 キーマカレーに温泉卵を乗せたら今日の夕飯は出来上がり。カレーの匂いはなぜこうも食欲をそそるのか。カーペットの上に座ってスプーンを持つ。 「いただきます」  キーマカレーをすくう直前にインターホンが鳴った。  食事を邪魔されイラっとする。  モニターを見ると、エントランスではなく、部屋の前に人が立っていた。暗くて顔はよく見えないが、多分知らない。 ……もしかして、俺、住人に迷惑かけた? ドアの前にいるって事は住人だよな? 恐る恐るモニターに向かって話しかけた。 「はい、どちら様でしょうか?」 「あの、お忙しい時間にすみません。今日隣に引っ越してきた橘と申します」 「あっ、ちょっと待って下さいね」  単身用のマンションで挨拶に来るなんて珍しい。でも貰えるものは貰っておこう。  玄関の扉を開けると、見た事もないほどの美少年がいた。  ツルツルした白い肌に長いまつ毛に覆われた大きな瞳。艶々の黒髪を耳に掛ける仕草が可愛らしかった。 「初めまして。橘遥といいます。よろしくお願いします」 「……あっ、ああ、長瀬誠です。よろしく」  見惚れていて反応が遅れてしまった。ささやかではございますが、とのしの付いた箱を差し出される。ご丁寧にありがとうございます、と受け取る。若いのにしっかりした子だ。  こんな美人に出会うことがないので、ここで会話を終わりにするのも勿体無い。 「遥君は大学で一人暮らし?」 「はい、4月から大学生になります」 「若いね。俺と干支が一緒だ」 「そうなんですか? 二十代半ばくらいかと思いました。それに、すっごくかっこいいですよね」  一回りも上だからこの子にとってはおじさんだろうに、気も使ってくれて本当にいい子。  ぐぎゅうううう、と謎の音がはっきり聞こえた。何の音だ? 顔を外に出して辺りに目を配るが何もない。 「ごめんなさい、聞こえましたよね」  遥君が顔を真っ赤にして、両手でお腹を押さえていた。 「今の腹の虫?」 「はい……。恥ずかしいです」 「随分でかいの飼ってるね」 「だって、ずっといい匂いがしてるから」  上目遣いで瞳をうるうるさせて見つめられ、いい歳こいて心臓が跳ねる。 「良かったら食べてく? あまってるから」  本当は次の日もキーマカレーのつもりで多めに作った。毎日料理作るの面倒だし。でも、こんな美人と食事ができるなら、明日も料理してもいい。 「いえ、そんなご迷惑おかけできません」  言葉とは裏腹に、ぐきゅううううう、と腹の虫は先程よりも大きく鳴いた。 「身体は正直だね」 「変な言い方やめて下さい」  首まで染めて可愛らしい。反省はしてないけど、反応が可愛かったから謝っておく。 「ごめんごめん。おいでよ、いつも一人だから、一緒に食べてくれると嬉しいな」  目を彷徨わせて迷っているが、やはりカレーの匂いには抗えないようだ。今日キーマカレー作って良かった。 「おじゃまします」 「うん、どうぞ」  部屋に招き入れて鍵を閉めた。  この子大丈夫かな? よく知りもしない男の家に上がり込んで。俺は無理矢理は趣味じゃないけど。 「ローテーブルしかないから地べたで申し訳ないんだけど、座って待ってて」 「はい、ありがとうございます。あっ、美味しそう!」  テーブルの上にある、俺が食べようとしていたキーマカレーに顔を輝かせる。 「遥君は温泉卵食べられる?」 「はい、好きです。でも、手間じゃないですか?」 「いや、レンジでチンですぐ出来るよ」
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