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新たなスタート
私は引越して直ぐに事故に合い、事故前のことも事故直前の記憶も失った。
丁度新しい学校からのスタートということもあり、特に不自由もなく数週間が過ぎたある日の休日。
自室のクローゼットの中を整理していた。
引越す前の頃の私の荷物。
洋服などの必要最低限のダンボールのみを開け、後はクローゼットに詰め込んでいたけど、特に過去の自分を思い出したいとも思っていない私は、クローゼットからダンボールを全て出し中身の確認をして処分していく。
ダンボールには何が仕舞われているか書かれており、中身がわかるようになっている。
テキパキと片付けていき、最後の一つとなったダンボールには『処分』と書かれていた。
ゴミも間違って混ざってしまったんだろうか。
ダンボールを開けると、引越す前に通っていたであろう学校の制服に鞄、教科書やノートが入っている。
引越し先では使わないから処分するつもりだったのかなと思いながら、何気にノートを開くと私は言葉を失った。
他のノートや教科書を開けば、全てに落書きがされている。
それも、ただの落書きではない。
私が忘れてしまった私は、一体どんな日々を過ごしてきたのか。
ノートや教科書に書かれた『死ね』などの複数の言葉。
そんな生活から抜け出す事が出来たのに、その私は今の私ではない。
新たなスタートを迎えたかったのは記憶をなくす前の私のはずだ。
記憶なんて戻らなくても支障なんてないからいいと思っていたのに、私は失った自分を不幸のままにしていたんだと知った。
苦しんだ私がここにいなければいけないのに、何を呑気に過ごしていたんだろう。
お医者さんは、記憶が戻るかはわからないと言っていた。
引越したこの場所では刺激になるようなこともなく、どうしたらいいのか考えたときフと思い出す。
唯一、記憶をなくす前の私が経験したことがこの場所にもある。
私はダンボールをそのままにして外へと出る。
向かったのは、私が事故にあった場所。
車の通りが多い道路で、赤信号に気づかず渡った私は事故に合った。
それと同じことをすれば記憶が戻るかもしれない。
目の前の信号は赤。
横断歩道に足を出せば、横から車が勢い良くぶつかる。
遠くで聞こえる人の声。
私はやっと思い出す。
あの時、私は新たな人生をスタートしようとしてたんだ。
たとえ引越しても、自分が受けた苦しみや心の傷が消えることはないのだから、死という人生の終わりを迎え、新たな人生のスタートを選ぶ。
《完》
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