二人花見

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 とあるビルの裏にある小さな公園。  そこに桜の木が植えられていた。  地域住民が憩いの場となることを祈って植えられたその桜は、今年も満開の花盛りを迎えていた。  その下に集う二人の男の姿があった。  ブルーシートを引いた上に向かい合って座り、手に中身の入ったプラ製のコップを持っている。  一人が立ち上がり、一つ咳祓いをした。 「えー、今年も無事、この花見会を開催できてうれしく思います。新たなる一年、新たなる決意。散り行く中にも美しさのあるこの桜を見習い、心穏やかに、それでいて力強く、我々も頑張りましょう。乾杯!!」  その発声に続き、座っていた男もコップを掲げ乾杯の声を上げた。  乾杯の音頭をとった男は菅沼という。彼は白けた表情でその場に腰を下ろした。  座っていた無精ひげの男が菅沼に話しかける。彼は名を勝田と言った。 「やあ、旨いこと言うもんだね。散り行く中に美しさなんて」 「実際そうだろ」 「まあね。しかし、持ち上げているようで皮肉にも聞こえる。良いバランスの言葉選びだ」  ひょろりとした体を細かく揺らしながら、勝田はケタケタと笑う。  愛煙家でもある勝田のすっかり変色した不揃いな歯を見ると、こうなる前に現状を打破せねばという決意が菅沼の中には湧いてくる。 「皮肉なんて。我々は同志なんだから、お互いを貶めるもんでもないよ」  それを表に出さぬよう気を付けながら、菅沼は愛想笑いと共にそう返した。 「しかし、花見会への参加者も随分減ったものだな」 「我々二人しかいないよ」 「去年はもう少しいたろう」 「なんだかんだで皆抜けていくものさ」 「二階堂の奴はどうした?」 「彼も抜けたよ。連絡があった」  電話口で聞いた二階堂の喜びに満ち溢れた声は、菅沼の耳に今もこびりついている。  自分はいつになったらあんな声を出せるだろう、と思うとため息をつかずにはいられなかった。 「……なんてこった。これで古株は僕と君の二人だけか」  古株は君だけだろ、と言いたい菅沼だったが、自身もこの花見会への参加は四回目。自慢できたものではないのを自覚していたので言葉にはしなかった。 「今年は中止したほうが良かったんじゃないか?」 「何を言う。伝統に終止符を打てと言うのか?」  勝田の力説する伝統という言葉が、菅沼にはスカスカの張りぼてに感じられて仕方なかった。  なぜ、勝田が花見に固執するのか。  それを菅沼は知っていた。  去年までは、同じような気持ちで菅沼もこの花見に参加していたのだ。  しかし、同じ立ち位置にいると思っていた二階堂は去って行った。  それを知った時、菅沼は後ろから頭をぶん殴られたような衝撃を感じた。そして見つめずにはいられなかった。今の自分の醜い姿というものを。 「念のため確認だけど、勝田君は何回目かな?」  菅沼の問いかけに、勝田は目線を宙にさ迷わせながら指折り数えた。 「僕はかれこれ七回目だね。そろそろ違う意味で限界だがね。プレッシャーが酷い」 「だろうね」 「分かっていないんだよな、大器晩成型というものを」  ため息をつく勝田から冗談の気配は感じなかった。  ぞわり、と菅沼の背を冷たいものが走り抜けた。 「大きな器に水を張るにはそれなりに時間が掛かるというものだろ?」  勝田の問いかけに、菅沼は言葉を返すことができなかった。  そんな菅沼の様子に気づくこともなく、勝田は更なる愚痴を展開し始めた。 「今年入ってきた子たちはどうだい? こういう触れ合いの場に何人か興味を持ってもよさそうなものだ」 「見ての通りさ。こんな花見に参加する暇があったら……って感じでね」 「最近の子たちは、なんというか人とのコミュニケーションに難があるねぇ」  そう言って勝田はため息をついた。 「みんな自分のことで手一杯だからな。時間は有限ってことをみんな知ってる」 「僕だってそれぐらい知ってるさ」 「そうかい?」  とてもそうは見えない、と心の中で付け加える。 「しかし、糸というのはだね張りすぎると切れるもんだ。適度にたるませないと」 「適度……ね」  たるみ過ぎも良くない。適度、の意味を勝田ははき違えている。  だが、はき違えていたのは自分も同じだ。 「ここで士気と団結力を高め、ともに助け合いながら来るべき戦いに備える。そう言う気持ちにはならないものかな」  勝田は本気でそう言っているらしかった。  言わんとすることは分からなくもない。  戦いに敗れたとき、一人というのは心細いものだ。助け合い、支えあいの気持ちも生きていく上では必要だろう。 「俺達がそれを言っても説得力がないんだよ勝田君」 「なぜだ? 僕や君は少なくとも彼らより年上だよ。いわば先輩だ。先輩の言葉と言うのは、含蓄のあるものだろう?」 「なぜそれを力説できる?」  菅沼はそう言って、理解できぬと頭を左右に振った。
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