伸明 13

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
…私に会うため?…  …一体、どうして、私に会うため?…  私は、思った…  当たり前だが、思った…  だから、  「…どうして、私に会うためなんですか?…」  と、聞いた…  直球で、聞いた…  「…それは…」  またしても、マミさんが、言いにくそうに言った…  すぐに、答えなかった…  だから、私は、イライラした…  正直、今すぐ、爆発しそうなほど、イライラした…  「…それは、なんですか?…」  と、強い調子で聞いた…  じれったくて、仕方がなかったのだ…  「…それは…」  「…それは…」  「…寿さん…アナタを伸明さんが、好きだから…」  「…エッ?…」  「…五井家当主が、好きな女が、どんな女か、確かめたかった…それに尽きる…」  「…ウソ?…」  「…ホント…」  「…ウソですよね?…」  「…ホントよ…これは、ホントのホント…」  マミさんが、スマホの向こう側から、真剣な様子で、答える…  「…でも、どうして、私を?…」  「…それは、伸明さんが、独身だから…」  「…独身だから…」  「…だから、当然、いずれ結婚する…そして、今、伸明さんが、気にかけている女性は、寿さんだけだから…」  マミさんが、答える…  そして、マミさんに、そんなふうに、言われると、なんと言っていいか、わからなかった…  まさか、マミさんが、そんなことを、言うとは、思わなかったからだ…    たしかに、独身の伸明が、どんな女性と結婚するのか、興味がある…  私にだって、ある…  そして、それは、五井一族ならば、なおさらだろう…  伸明は、当主…  五井家当主だ…  その当主が、どんな女と結婚するのか、気にならないはずが、ないからだ…  だから、そう言われれば、納得する…  どうして、長井さんが、私に会いたかったのか?  納得する…  私は、思った…  思ったのだ…  同時に、気付いた…  だが、同時に、気付いた…  なにを、気付いたのか?  それは、私の寿命…  私は、癌…  おおげさに言えば、いつ死ぬか、わからない…  後何年、生きるか、わからない…  もしかしたら、長井さんは、それを、知りたいのかも、しれない…  いや、  長井さんでは、ない…  長井さんの背後にいる、五井長井家の人間が、それを、知りたいのかも、しれない…  私は、思った…  思ったのだ…  そして、私が、そんなことを、思っていると、  「…五井長井家の狙いは、不動産…」  と、意外なことを、言った…  「…不動産?…」  「…FK興産が、持つ、不動産…」  マミさんが、言った…  私は、驚いた…  文字通り、驚いた…  FK興産は、IT企業…  メインの事業は、コンピュータのシステム事業…  いわゆり、企業のシステムを請け負う会社だ…  ただ、それだけだと、いずれ、事業が、行き詰まりかねない…  だから、会社の名前をFK興産として、システム開発以外の事業…  今、マミさんが言った、不動産事業や、レストラン事業などを、行った…  が、  あくまで、脇役というか…  主役ではない…  メインではない…  だから、驚いた…  驚いたのだ…  そして、驚いたのも、束の間…  一体、FK興産の持つ、不動産のなにに、注目したのか?  俄然、気になった…  だから、  「…FK興産の持つ、不動産ということですが…」  と、マミさんに切り出した…  「…一体、どの不動産に注目したんですか?…」  著急に聞いた…  「…都市開発よ…寿さん…」  「…都市開発?…」  「…地域の再開発…ちょうど、小田急線が、車両基地を、伊勢原とか、いう場所に、新設して、それで、その周囲の土地が今、跳ね上がっているの…その土地をFK興産が、なぜか、大量に、保有していて…」  マミさんが説明する…  私としては、初耳…  初めて、聞く話だ…  同時に、気付いた…  なにに、気付いたか?  それは、再開発といっても、あくまで、地方…  都心では、ないということだ…  なにより、従業員千人程度のIT企業が、副業に、している不動産事業だ…  何千億円や何兆円の価値を持つ、土地など、持っているわけはない…  そんな金はないからだ…  だから、どんな経緯で、FK興産が、その土地を入手したのかは、知らないが、マミさんの説明に納得した…  ことのほか、納得した…  そして、同時に、気付いた…  つまりは、伸明は、五井の分家の目的に、気付いた…  だから、トンビが油揚げをさらうが、ごとく、FK興産を横取りした…  そういうことだと、気付いた…  伸明が、どうして、FK興産を買収しようとしたのか、気付いたのだ…  そして…  そして、だ…  要するに、マミさんの話を総合すると、五井の分家に力をつけて、もらいたくない…  それに、尽きるということだ…  今のマミさんの話を聞くと、要するに、五井は、五井家として、行っている事業…  つまりは、五井十三家が株を持つ、持ち株会社が、管理する企業と、五井のそれぞれの分家が、株を持つ、企業とに、別れる…  その結果、同じ、五井の企業でも、内容が、異なる…  内容=つまり、五井家として、その企業の株を持っているのか?  あるいは、  五井の分家が、単独で、株を持っているのか?  異なると、いうことだ…  そして、ここで、重要なのは、各分家が、株を持っている、企業の業績が、良かった場合、五井のパワーバランスが、崩れるということだ…  例えば、今、マミさんが、言ったように、五井銀行は、五井の本家が、単独で、株を持っている…  が、  それに、対抗するように、分家が、業績のよい企業を持っていれば、どうか?  五井のパワーバランスが、崩れる…  五井の序列が、崩壊する…  相撲で言えば、本家は、横綱…  そして、東西南北の分家は、大関に匹敵するとでも、呼べば、いいのだろうか?  そして、それ以外の分家は、当然、大関未満…  相撲で、言えば、関脇以下だ…  が、  五井の序列では、関脇以下だが、実は、横綱や、大関に負けないくらい、大きな会社を分家が、持つとする…  すると、当然、序列が崩れる…  五井の序列が、崩れる…  それを、伸明が、恐れた…  あるいは、和子が、恐れた?  それが、今回の騒動の真相だった…  FK興産を買収しようとした真相だった…  それが、わかった…  マミさんの言葉で、わかった…  もちろん、マミさんが、今、ホントのことを、言ったか、どうかは、わからない…  が、  疑えば、きりがない…  疑えば、なにが、ホントのことだか、わからなくなる…  だから、とりあえず、マミさんの言ったことを、信じた…  いや、  信じることに、した…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、そして、だ…  と、いうことは?  と、いうことは、もしかして、長井さん…  あの長谷川センセイの姪の長井さんの実家の五井長井家が、FK興産を狙っていた?  そう、思った…  マミさんの今までの話の流れから、そう、察しがついた…  だから、聞いた…  マミさんに、聞いた…  「…マミさん…お聞きして、いいですか?…」  「…なに、寿さん?…」  「…と、いうことは、今の話の流れから、行くと、FK興産を買収しようとしたのは、五井長井家…」  「…その通りよ…寿さん…」  マミさんが、間髪入れずに、答えた…  私の思った通りのことを、答えた…  そして、それを、聞いたことで、見えてきたことがある…  ナオキの逮捕…  おそらく、あの逮捕は、伸明か、和子が仕掛けたということだ…  五井長井家に先んじて、FK興産を買収するために、ナオキを逮捕した…  そうすれば、ナオキの身柄は、拘置所の中…  つまり、五井長井家は、ナオキと接触できない…  つまりは、ナオキからFK興産の株を買い取ることは、できないということだ…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、そして、だ…  今のマミさんの話を総合すると、つまりは、私もナオキも五井のお家騒動に巻き込まれた…  あるいは、五井の内紛に巻き込まれたということだ…  五井とは、まったく関係のない、私とナオキが、巻き込まれたということだ…  そして、それを、思ったとき、無性に頭に来た…  どうして、私とナオキが、五井の内紛に巻き込まれなければ、ならないのか?  無性に頭に来た…  これまでは、漠然と伸明の結婚を夢想していたのが、ウソのように、頭に来た…  実に自分勝手な言い草だが、頭に来た…  頭に来たのだ…  むかっ腹が、たって仕方がなかった…  が、  それを、マミさんに、ぶつけても、仕方がない…  だから、余計に頭に来た…  自分の怒りをぶつける相手が、いないことに、余計に頭に来た…  だったら、誰に、この怒りをぶつけるべきか?  やはり、伸明だと、思った…  五井家当主だと、思った…  が、  言えなかった…  なぜなら、伸明は、温和…  基本、おとなしい…  おとなしい、伸明を前にすると、怒りをぶつけることが、できない…  ならば、和子に怒りをぶつければ、いいか?  これも、できない…  なぜなら、和子は、私より、はるかに、格上…  正直、役者が、違う…  それを、思うと、この怒りを、誰にぶつけて、いいか、迷った…  実に、迷った…                <続く>
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!