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「ごめんなさい、立ち入った事を」
「いいんだ。もう吹っ切れてるから。ただ、しばらくは付き合うとかはいいかなーとか思って、そのまま時間経っちゃった感じ」
「そうなんですか。でも、松原さんイケメンだし、その気になればいつでも彼女出来そうです」
私がそう言うと、「そうだと良いんだけど」と彼はハハハと笑った。
「渡辺さんは?彼氏はいないの?」
「いませんよ、私はこの通り、普通ですし、彼氏いない歴2年半」
自虐的に笑うけど、松原さんは首をすくめてから微笑む。
「渡辺さんはかわいいよ。それに優しいし、それこそすぐに彼氏出来そう」
「またまた」
私はお弁当の最後の卵焼きを口に放り込んだ。
「ほんとだって!初めて見た時も、可愛いと思ってたし」
ほんの少し照れながら言う松原さんに、ギュウッと心を鷲掴みにされる。
やめて。やめて。好きになってしまう。
お弁当箱を閉めると、私はそれを袋に突っ込み、「松原さん、私、友達と約束あるんで。また、お話してください!」と立ち上がり、駆け出した。
あとから傷つくのは怖い。
松原さんもフラれたと言ってたけど、実は私もフラれた系。
なかなかそこから復活できずにいたから、自分から好きになってフラれるのが怖い。
***
新しい生活も3ヶ月ほど過ぎた。
引っ越し荷物も完全に片付いていたし、東京の生活にも慣れてきていた。
バイトもこの間見つけた。
大学近くの居酒屋さん。
割と時間や曜日も融通がきく感じで、友達のノリちゃんと応募した。
なんとか、仕事の内容も覚えてきた。
お客さんを見ると、同じ大学の生徒も多い。
たまに私と気がつく人も。
そんな時、松原さんが所属している「怖い話の同好会」がやってきたのだ。
松原さんと会うとは思わず、ギョッとする。
「渡辺さん!」
声をかけられ「いらっしゃいませ!」と挨拶した。
「久しぶりだね、今日は例のサークル仲間と一緒なんだ」
「そうなんですね!楽しんでください!じゃ、私は仕事に戻りますね」
私は笑顔で話すと、タタタッと走り、持ち場に戻った。
松原さんを避けるつもりはなかったけれど、自分の好みの顔で更に優しくされると、つい期待してしまう自分がいる。
それだけは避けないと、またフラれた時がつらい。
***
「渡辺さん、あがりだよー、お疲れ様!」
店長に声をかけられて、「はーい!お疲れ様でした!」
とエプロンを外す。
勤務中は、松原さんのグループにオーダーを何度か取りに行ったけれど、それだけだった。
でも、私は毎回緊張してたけれど。
外に出ると、生ぬるい風の中、軽く腕で汗を拭き、自分のマンションへ帰ろうとすると、電柱にもたれ携帯を見ている男性が1人。
「あ、れ?松原さん?」
「あ、渡辺さんやっと出てきた」
「どうしたんですか?他の皆さんは?」
すると、松原さんはこめかみをぽりぽり掻きながら、小さい声で呟く。
「みんな帰ったんだけど…。
ごめん、こんな、待ち伏せみたいな事しちゃって……気持ち悪いよね」
「いや、そんな事ないですけど、どうしたんですか?なにかありましたか?」
「あのさ、ここ、大学に近いじゃん?俺のサークル以外にも、他の生徒たちいたの知ってた?渡辺さんの事、男子生徒がチラチラ見てたからさ、もしかしたら帰り、危ないかなって思って」
松原さんは、耳が赤くなって、大きい体がだんだん小さくなっていく。
「松原さん、心配してくれてたんですね、ありがとうございます」
私はにっこり笑うと松原さんに近づいた。
「いや、あの!ホント…なんかごめん!」
顔を下げたまま、両手を前に突き出して、私が近づくのを拒んでいる。
……かわいい。そして、嬉しい。
「送ってくれるんですか?」
私がそう言うと、松原さんは、ようやく顔をあげた。
***
彼は元々私の部屋に住んでたので、勿論道は分かる。
私もそれについて歩いた。
「何で松原さん引っ越ししたんですか?あの部屋大学にも近いし、1人でも、十分広いと思うんですけど」
「実はもっと大学に近くて安い物件見つけたんだ。親からの仕送りも少ないし、バイトでやってくのカツカツで」
「そうでしたか。おかげで私は良いとこ住めましたけどー」
私がアハハと笑うと彼は唇に弧を描いた。
「俺だけ渡辺さんの家知ってて、渡辺さんが俺の家を知らないって、なんか不公平だから、もし、お茶でも飲みたくなったらいつでも言ってね。これでも喫茶店でバイトしてた事あるからコーヒー入れるのには自信があるんだ」
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