3 同居スタート

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「……先輩、お気遣いはありがとうございます。でもこのままで大丈夫です。ただ僕の当たり前が先輩の監督不行き届きではご迷惑になるので、同室は辞退させてください」 思いもよらないことを言われたと思ったのか、桜の顔が少し曇ったように良太の目には映る。しかし、金持ちと貧乏人の価値観が合わないのは当たり前。終始気を遣わなければいけないのなら、多少大変でも時間をかけて通学したほうがマシかもしれないと考えた良太は。 「工事が終わるまでは岩峰家から通学の許可をもらえるように、学園長にお願いします。今夜はまだ前の寮が使えるはずだし、色々気を使っていただきすいませんでした」 これこそ同室を断る理由だと思い、言い切った。そしてお辞儀をしてそそくさと部屋を出ようとすると手を掴まれ、その手の力強さに驚く。 「ごめん! 余計なことを言ったよね、怒った?」 アルファの必死に謝る姿に良太はまたしても驚く。トラブルを避けるため、笑顔を作って弁解する。 「そんなことで怒りませんよ。でも正直寝る場所とご飯はどうでもいいです。成績を落とせないから勉強したいし、夜は在宅の仕事を抱えているので部屋で一人の方がストレスないので……」 要はただ一人になりたいだけ。 食事の干渉までされたらたまらない。戸惑う桜が言葉を出せないでいるので、良太はさらに言い切る。 「部屋の改築が終わるまでは通学にします。それにアルファの先輩とは価値観が違うので同室は厳しいかと……お互い無駄な時間の消費はやめましょう」 ここを出て行く必要性を伝えた。すると―― 「いや、ダメだ。もう決定したことだから変えられない。良太の希望は叶えるよ。もう無理に誘わないし、煩わしいことも言わない。勉強と仕事をする時間は邪魔しないから! これなら問題ないだろう? さあ、問題は解決だね」 意見を聞かずに、勝手に問題を解決されてしまう。この強引な性格は、実は面倒臭い男なのかもしれないと感じる良太は、引き下がらず少し抵抗を見せる。 「えっ、でも、やっぱり……」 「生徒会の決定だ。ここの生徒なら従ってね、ね? この話は終わり! じゃあ俺は書斎で仕事するから良太はこの部屋片付けて、自分の勉強スペースをまずは確保してね! じゃ!」 呆然としている良太に、急ぎ足に話しを進めた桜は書斎に駆け込んで行った。 アルファは身勝手だと思いつつも、抵抗することすら面倒に感じた良太は、何事もなかったかのように部屋の掃除を始めた。文句を言っても変わらないなら、抵抗するだけ時間の無駄だと気持ちの切り替えを済まし、勉強スペースの確保が大事だと考えた。 その後の桜は予告通り、邪魔になることや煩わしくなることを言わずに適度な距離をとりつつコミュニケーションを図るという、良太にとって心地良い距離感で同居は進んでいた。 しかし夜だけは例外。 最初の何日かは寝付くまで少し気まずさを感じる良太だが、ベッドに入るとすぐに眠りに落ち朝まで目が覚めないので、桜に抱きしめられていても気にならなくなっていた。 逆に人肌があるせいか眠りが深い。守られている感覚に安心までしている。それはきっと桜の温和な性格がそうさせるのだろうと、良太は分析する。アルファという面は生徒会長として学園にいる時には見えるらしいが、部屋にいるときは人懐っこさしか感じなかった。 良太の週末は、特別に外泊許可を申請し岩峰家に帰る。 そのため週末は桜と離れて暮らすので、実質一緒に過ごすのは平日だけだった。しかもお互い一緒に食事をしないし学年も違うことから、話ができるのは夜の寝付くまでの時間だけ。 一緒に同じ部屋で過ごしてはいるものの、その一緒の時間さえも約束通り桜は邪魔をしてこない。 桜が夕食から戻ってきても、良太がパソコンに向かって仕事をしている時は声を掛けず、桜も実家関係の仕事に取り掛かる。書斎ではなく、いつの間にか良太の隣に座りパソコンを持ってきている。 たまに良太が疲れたなと思うと、タイミングよく「少し休もう」と話しかけてきて、ココアを淹れてくる。疲れた脳に糖分が入り、良太はそこで一息つきリラックスする。そしていつの間にか就寝時間になる。そんな穏やかな夜を過ごしていた。
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