3 同居スタート

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 二人の生活が順調に過ぎていった、何回目かの土曜の朝。  良太の目が覚め、ふと周りを見渡していた。いつもなら優しく起こしてくれる「先輩」がいない。そうか今日は土曜日だったと思い、寝間着のまま寝室を出るとリビングで優雅にコーヒーを飲んでタブレットを見ている桜と目が合った。「おはよう」と言われたので「おはようございます」と言い、そのまま風呂場へ向かう。  土曜日の良太はいつもより一時間ほど遅く起きて、すぐにシャワーを浴びる。桜は休みの日でもダラダラせず、いつも通りの朝の行動をしていることを知った時、「完璧な男」だと良太は尊敬した。  シャワーを浴びて身支度が整った良太を見た桜が話しかける。 「平日はそのままなのに、土曜の朝は必ずシャワー浴びるね?」  いつもの流れでソファーに座り、わしゃわしゃとタオルで頭を拭いていた良太は、そんなことが気になるものかなと思いながら口を開く。 「僕にはわからないですが、先輩と同室だから? 僕からアルファの匂いがするらしくて岩峰家の子が匂いを嫌がるので落としていこうと思って……あれ? ということは学園でも僕、先輩の匂いしていますか?」  説明をしている最中に疑問が生まれ、思わず聞き返す。桜は優しく微笑む。 「ふふ、そうだね。俺のフェロモンの香りがするとアルファには威嚇になるし、オメガにはきついかもしれない。だからここで良太に手を出す輩はいないよ。俺の匂いのついた人間に手を出せる人間はここにはいない」  そんな身勝手な香りがしていたことを初めて知る良太は、心の中で「同じ教室の皆さんごめんなさい!」と顔も覚えていないクラスメイトたちに謝った。 「学園では俺たちが同室なの知っているから、匂いがしても特に何も思わないよ? でもそうか、岩峰先生のご子息はオメガだったね。少しきつかったのかな? 俺の匂いがすると良太が電車で絡まれることもないし、守れるから香りをまとってほしいけど……しょうがないか」  防犯効果があるらしいアルファの香り……なんて便利なのだろうか。桜と過ごすようになって、アルファの生態に驚いてばかりだった。そして香りを怖がるのは、岬ではなくて絢香だった。彼女はアルファからひどい目にあったトラウマがあるので、桜の移り香がしている良太を抱きしめてくれない。  それを感じ取った良太は、岩峰家に帰る前は桜の匂い消しのため必ずシャワーを浴びる習慣ができた。  通常子どもの性別はまだ知られていない。だが、財閥や医療関係の家の子は早くから検査がされるのが当たり前だ。だから岬がオメガというのは、ある程度の財閥たちには知られている。岩峰家のオメガ、それは誰もが欲しい存在だった。医療界のトップクラスである岩峰家はほとんどがアルファだったが、勇吾だけがベータだ。だが勇吾の能力はそこら辺のアルファよりも断然高い。まだ三十代前半という若さ、そしてベータという性別にもかかわらず、オメガ科医療の権威だった。  岩峰勇吾は医療界では有名人。その息子はオメガ。上流階級のアルファ家系では、すでに幼い岬を獲得しようという動きがあり、婚約を交わしたいという家が殺到したと勇吾から聞いた時、とんでもない世界に来てしまったと良太は思った。  岬命の勇吾が幼い息子の婚約を許すはずなかった。バースに惑わされず生きて欲しいという亡くなった妻の想いがあり、結婚は家とは関係ないところでさせようと勇吾は考えていると言った。だからこそ家は侵略不可能な警備のもと、良太と絢香はぬくぬくと暮らしていた。  良太が財閥の孫として桐生の家で生まれていたら、もしかしたら幼い頃から婚約者がいる生活をしていたのだろうか。全く想像がつかないので、それは考えるのをやめた。そんなことを思い出していた良太は、桜に本心を素直に伝える。 「アルファって凄いですね、オメガもそこまでだと大変だなぁ。僕は申し訳ないけどベータで良かったです!」 「良太は性別なんか関係なく可愛いから心配だよ。電車ではくれぐれも変態には気をつけるんだ。何かあったらすぐに連絡してね」  桜は相変わらずの過保護を発揮している。良太は「可愛い」と毎日さりげなく言われ続けていることにいい加減慣れてしまい、初めの頃のようにいちいち「可愛くないです」とは言わなくなった。  彼は世間を知らなすぎる……そもそも変態はそんな頻度よく出会わない。本当に怖いのは、金で人を買う「アルファ」だと良太は知っていたので、電車にいる人間など怖くもなんともなかった。  良太の怖がる「アルファ」という人間は自分の知る限りでは電車などの公共交通機関を利用しないので、むしろ庶民の味方電車が一番安全な乗り物だと考える。  朝から岩峰家に行く良太は、桜が週末何をしているのか知らない。それについて興味がないし、学園の外でまで桜とかかわるつもりがないので、たとえ何かがあったとしても連絡をすることはないと頭の中で思うが、安心させるために微笑み頷く。  このように、毎回土曜の朝は極度の心配性を発揮されてから手厚く見送られる。そして日曜の夜には、岩峰家で食事と風呂を済ませてくるので、寝るだけの状態で寮へ帰宅する。 「ただいま帰りました!」  日曜の夜に寮に戻ると、桜は週末会えなくて寂しかったからとハグをしてくる。日曜だけは心配性の「先輩」を安心させるため、ハグを素直に受け取り仕事をせずに会話を楽しむ。  一緒に暮らしていても良太は桜に興味が沸かなかった。しかし祖父のスパイという手前、桜にさりげなく探りを入れると、桜はむしろ聞いてくれて嬉しいという反応をしてなんでも答えてくれる。だが話を聞く限り、祖父に報告して得になるような内容はない。 そ れは良太のコミュニケーション能力、会話能力に限界があるからだった。今まで友達がいなかったので、人と何を話していいのかわからない。良太から質問しても、最終的に会話の主導権はいつも桜に渡っている。  ――俺、スパイ向かないと思う……  心の中で呟くも、こんな穏やかな時間を心地よく感じていた。
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