【短編】 街を壊したのは誰?

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僕はこの街に最近引っ越してきた。表現が間違っているのかもしれないけど新参者である。ここは良い街なのか?と言われるとそれは果たしてどうだろうか?という疑問が頭に浮かぶ。確かに人口が多く、商店街や地域のスポーツなども賑わっているように見えるけど、それは単に人口が多いっていう魅力だけで人を引き付けているだけだともいえる。 「つまり、街自体に魅力があるわけではなく、人が沢山いることだけが魅力」ってこと。  こんな街にはある特徴がある。例えば車の運転について。  実はこの街は治外法権といって国家の法的なものから逃れられている街。それがなんで可能なのかはこの街を作った人に聞かなければわからないんだけど、あいにく僕はそんなに偉くないから直接聞くことが出来ない。  まあ、とにかくこの街で起きている車の運転についてなんだけど、最近制限速度を超えて走る車が増えてきているってこと。なにしろこの街には法がない。だから道路交通法が存在しない。 でも、その代わりに「道路交通お気持ち」というのが存在する。  何これ?って風に初めのうちは思ったんだけど、この街で暮らしていて、なんとなくクラスの同級生が話している内容とか、近所の人が話している内容を小耳にはさんでいくと、この意味が見えてくる。 つまり「建てられている道路標識に書かれている内容はお気持ちなんだ」ってことに。  お気持ちっていうのがなんなのかっていうのを具体的に説明すると、普通の道路交通法だと「制限速度30キロ以上出すと速度超過で違反です。なので、罰金や罰則がありますよ」っていう感じなのが一般的。  これはつまり、車を運転するにあたって守らなければいけない法を定めることで、みんなが安全に暮らせます。だからこの法を守りましょうっていうのが大前提なんだけど、何度も言うようにこの街にはそういう法が存在しない。だから道路標識の立て方も解釈もおかしいことになる。  例えばあなたがこの街に住んでいると仮定して、時間が経って子供を授かったとする。その子供が成長していって、親が目を離したすきにどこかへ行ってしまうような時期が訪れ始めた。 「ごく普通の当たり前の風景」  でも、家の前の道路には「速度制限」がもちろんのこと設けられていない。あなたが親ならばこれは危険だと判断するだろう。自分の子供が事故にあうと考える。なにせ速度制限がないのだから時速10キロで走る車もいれば120キロで走る車もある。  そこであなたは看板を制作する。看板に書かれた文字は 「ここは制限速度30キロを守って欲しいです」  そういうお願いをする。法がないのであれば自分のお気持ちを表明して、何が良くて何が嫌かを周りに伝える。  だからこんな感じでお気持ちによる「速度制限」の看板が街中に存在するようになっていった。あるところでは50キロ。あるところでは10キロ。提示されている速度は千差万別。それもそうだろう、なにせそこには法が存在しないのだから、基準も何もあったもんじゃない。 これに付け加えて最近では自衛のような私刑も存在するようになった。  自分の家の前に制限速度を書いた看板を提示し、さらには監視員や監視カメラのようなものをセットして、それを守っていない人を見つける。そうしてナンバーを控えたり、住所を特定すると、その違反した車のタイヤを盗んだり、壊したりする。という自衛である。  一見、過激のように見えるかもしれないが、法が存在しない以上、制限速度を守らなかった罰として「車を破壊する」ということが妥当かどうかさえわからないし、そもそも制限速度の設定もこの家の前に置いてあるものは「3キロ」であったため、速度違反をしないほうが難しいだろう。  法がないということを逆手にとって私刑が横行し、さらにその度合いも全く個人に任せられてる。この街は話を聞いていると「街として成立しないんじゃないか?」と思うだろう。 でも、それがこの街に人が沢山いる理由でもある。  街の外は治外法権ではなく、きちんとした法治国家である。つまり外の世界で制限速度を守らなければ一定の罰則を必ず受けることになる。  それがないこの街にはそんな外の世界の状態に嫌気がさしたり、面白みを感じなくなった人たちが移住したり、遊びに来たりして一定の刺激を求めにやってくる。 「罰がないからこそ、自由だからこそ人が集まってくる」  しかし、次第に状況が変化してくる。それは近年、情報の伝達が軽くなったことで「この街には楽しいことが待っている」ということだけが伝わって「なぜ楽しいのか?」ということが伝わらなくなった。 その結果「この街には法というものが存在しないことを知らない人たち」が楽しいからという理由で住み始めることになる。  確かにこの街の過去には、このことを知らないで移住した人たちに様々な衝突はあったものの、移住してくる人間が少数だったためにあまり表に出なかった。しかし、さっきも言ったように今はSNS等で簡単に情報を手に入れることが出来るようになってしまった。 つまり移住者が増えてしまったのである。  移住者が増え、この街には無いルールに従って制限速度以外にも様々な「お気持ち看板」が建てられていくことになる。  そんなあるとき状況を変化させる事態が起き始める。中心人物となったのは途中移住者の「イトラス」という一人の男。彼がこの街を変えていくことになる。  彼は1年ほど前にこの街に移住してきた。目的は「法がないという自由を使って金儲けをすること」だった。そのため、彼は街の農園で麻薬を栽培したり、密造酒を作って外に売っていた。  重要なのはこの街は法がないということ。つまりこの街で根を張るような商売をしても、その保証はどこにもない。だからこそ金を確実に得るためにはこの街でできることを外に売る必要があった。 それともう1つ、彼の目的は 「自分の最愛の人と結婚することだった」  イトラスは非常に貧しい家庭に生まれた。彼の家族はこの街の外に今も暮らしているが、そこで稼げるお金はわずかばかり。そんな生活に嫌気がさした彼はある日、金持ちが集うダンスパーティーに忍び込んで盗みを働こうと考えた。  潜入は成功し、見事に控室にある金品に手をかけた。その瞬間、部屋のドアが開いた。現れたのはパーティーに参加していた「シンディ」という貴族の令嬢。彼女は出された酒に酔わされて、気分が悪くなって控室に戻ってきたのだ。 その美しさに一瞬で目を奪われて、簡単に恋に落ちた。  それからというもの2人はお忍びで会うことが多くなっていった。お互いにとって、お互いが魅力的に見えたんだろう。 そしてある時、彼は決断をする。 「シンディと結婚したい」  しかし、その結婚を快く思わない人物がいることなんか想像に難くない。当然シンディは自分で結婚相手を決められるような立場の人間ではない。ましてや貧しい家との結婚なんか許してもらえるはずがない。 「彼らは駆け落ちを計画した」  だからこそこの街に来たのだ。誰にも縛られることのない、誰にも文句の言われることのないこの街に。  しかし、彼はこの街で暮らしていくうちに考え方が変わっていく。それが「この街で自分の最愛人と暮していくには不安が多すぎる」というもの。 イトラスは同じような考え方を持つ人間を探すために様々なことをしていった。チラシを作ったり、街頭でマイクを持って語り掛けたり。 そうした声はこの街が以前の状況であれば誰にも届くはずはなかった。  しかし、今この街には外の街からの移住者が多くなっていた。つまり法で支配されているという感覚を持っている人間たちが多くなったのだ。だからこのイトラスの意見に賛同する声が大きくなり、次第にそれが広がっていくことになる。 「お気持ちが法に変わっていった」  ・・・・ 話の途中である少女が話しかけてきた。 「それで?その街はどうなったの?」 少女の無垢な笑顔に少し心が軽くなり、俺は街の続きを話した。  お気持ちが法に変わった結果、イトラスは1人でこの街で生きていくことになった。  彼の当初の目的。街に外から移住してきた人間たちの目的は自由だからこそ達成できていたものが多すぎた。 「過激な発言、過激な思想」 「度を越えた暴力の格闘技」 「ルール無視のカーチェイス」  外の街とは違った環境だからこそ、彼らは輝けた。彼らは稼げた。イトラスは自分も含めてその輝ける環境を、法を使うことで闇に閉ざしてしまった。  やがてその街には普遍的な平穏が訪れる。それはイトラスが生まれた貧しい家族が育つ環境と全く同じもの。彼は職を失い、シンディも失った。 「彼は自分で自分のことがわかっていなかった」  外の世界では何もできなかった。誰も見向きもしなかった自分がどうしてこの街で生きていけるのかを知らなかったのだ。ただ目の前の自分には我慢が出来ない現実を受け入れることが出来なくて、それを変えてしまった。  確かにイトラスのおかげで街はかつてよりも住みやすくなった。 しかし、自分は輝きを失った。 俺は少女に言う。 「あいまいにしておいたほうが良い世界がそこにはある。その世界に白と黒をはっきりつければ、必ずそこには何も起きないことがはじまる」 「それが良い事なのか悪い事なのかと言われればわからない」 俺は近くに下していたリュックを背負うと少女に手を振った。 「向かう先はさらに地下。まだ自由が残っている土地だ」   イトラスの手記より  正しいことをしようとした。間違っているわけじゃなかったと今でも思う。けれど、僕は僕自身を追い詰めてしまった。  混沌とした世界をある程度正すことは・・・僕の望んだことだった。でも、それをやった結果、今のような状況に置かれてしまった。  街は法で支配されて、それまでそこにあった自由は消滅した。消滅した自由は僕たちにとって無くてはならない物だったのに。  僕は僕の愛する人のために自分のわがままを通した。外から見れば法を守ることは大切で、それで平和があるってことには間違いじゃない。  でも、それが受け入れられないのであれば、この混沌とした世界を変えるほかにもう一つ手段があったことに、この状態になってから気が付いた。 「僕が黙ってこの街から立ち去ればよかったんだ」ってことに。
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