自首

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自首

 それでも遺体は発見された。あの現場にこっそり入った人達が遺体を発見してしまったのだ。 本当はそうなるようにと仕向けた結果だ。段ボールをわざと少しずらしておいたのだ。 せっかくの工夫が台無しになるのを防ぐためだった。日数が経ちすぎるとせっかく用意したアリバイが無駄になるからだ。 アルミシートを外した時点でムッとする異臭を放っていた。だからすぐにでも見つかると思っていたのだ。 俺はそれを二重三重のビニール袋の中に入れて持ち帰っていた。  『此処は何時も通っていますが、異様な臭いに気付きまして……』 テレビのニュース番組で第一発見者はそう言った。 『何かあると思って友人と行ってみました』 怖いもの見たさの肝試し的心霊探検が目的だったようだ。 『まさか、本当に遺体を発見するなんて……』 そう言いながら震えていた。 『子供達が遺体を見るために冒険する映画を実践したみたいですね』 その番組の解説者はそう言っていた。 その時、俺も震えが止まらなくなっていた。無我夢中で死体を遺棄した。何故あんなことが出来たのか自分でも解らない。ただ母娘を助けたい一心だったのだ。 あの事件の時、母娘に何かあったのではないかと考えながら縮こまっていた。だから二人が無事だと解りホッとしたのも事実だった。  男性の身元はすぐに判明した。母娘とは無関係な普通なサラリーマンだった。何故その男性が母娘の部屋を見ていたのか知りたくなったけど、かえって迷惑になると思い何もしないで過ごすことにした。  そして遺体の腐敗状態で事件の起きた日を誤魔化すことに成功したことをニュースで知った。 実家に行っていた母娘のアリバイは完璧だった。移動時に忘れ物をして、駅に着いて申し出をしたのだ。 アリバイを証明するのに身内だけではダメだとアドバイスした結果だった。証拠とするにはうってつけだったその写しを提出したから警察は容疑者から外したのだ。 てなことは彼女は容疑者の一人だったのだ。被害者が彼女を何時も遠くから見ていたからだ。 周りの者もストーカーだと認識していたのだ。  「アリバイは完璧だな」 「でも、状況から言ってあの人以外考えられない」 任意同行での取り調べの最中、警察官が呟いているのが聞こえてきた。 つまり俺も疑われて取り調べをうけていたのだ。 例のストーカーがアパートの周りを彷徨いていたことは調べがついていたからだった。あの母娘じゃなければ近所の者かも知れないと思ったのだろうか? 現場に二本の轍があり、それが俺の所持している車椅子と同じだと判明したからだった。 所詮車椅子は皆似たり寄ったりなのだけど……。 勿論タイヤに付着した土などははキレイに拭った。でもそれが俺が事情調査を受けている理由だと判断した。 此処で『俺がやりました』何て言えない。 あの二人に約束したアリバイ作りは本当はやっていなかった。俺は敢えて誰にも会わない日々を過ごしていたのだ。尤も俺には友達なんて呼べる人はいなかった。長年の母の介護で付き合いは皆無だったのだ。  母娘はアパートの一室で震えながら暮らしていた。本当は逃げ出したいに決まっている。 それでも俺に笑顔を向けてくれた。俺は抱き締めたい感情を押し殺した。 このアパートに引っ越して来て、気持ちが休まる日がなかった。母は寝たきりだった。 痴呆になったのならまだましだった。正気だったから厄介だったのだ。でもお袋の歳での痴呆は若年性アルツファイマー位しかない。それは酷だと思った。だから俺はヤングケアラーとして精一杯お袋を支えようと思ったのだ。  トイレで用は済ませられない。でも這ってでも行きたがる。息子に下の世話までさせるのがイヤなのだ。だからオムツもすぐに外す。でも結局間に合わず失禁や脱糞する。 申し訳なさそうに俺の顔を見るお袋が気の毒だった。でもその分俺は充実していた。  小さい頃から母一人子一人でずっと一緒に暮らしていた。それは物心ついた頃からだった。 お袋は乳児院の前にへその緒が付いたまま捨てられていて、そのまま其処で育ったそうだ。結婚をちらつかた男性と関係を持ったけど、俺を妊娠したと知った時逃げたらしい。でもお袋は自分の母親のように捨てようとは思わなかったそうだ。親の無い子がどんなに惨めか知っていたからだ。  お袋は俺を育てるために働きずくめだった。朝早くから新聞配達をしあ後で、フルタイムの会社に勤めていた。 土日は夕方までのスーパーのパート。寝る暇を惜しんで内職もしていた。全ては俺の教育資金や生活費用を捻出するためだった。  俺はそんなお袋を見てきた。だから楽にさせてあげたくて内緒でアルバイトにも精をだした。 本当は働けない歳だったから雇い主に嘘をついたのだ。それがお袋の耳に入り、叱られた。 そのためにもっと働くことになってしまったのだ。 その苦労が祟って病気になってしまったのだ。お袋が寝たきりになったのは俺のせいだったのだ。 でも気丈なお袋は俺に負担を掛けまいとする。それが死を早めさせたのだ。  警察の母親の取り調べは続いていた。幾らアリバイを主張してもなんだかのトリックを使ったのではないかと疑ったようだ。 俺は痺れをきらしてついに告白した。 母娘を楽にさせてやりたかったのだ。 「証拠はこれです」 俺は隠し持っていたベルトを警察官に渡した。 「自首か?」 警察官の言葉に頷いた。犯人が解って指名手配でもされた場合は出頭と言う。 その言葉だけで、本当は俺は疑われていなかったことを知った。 「あの時『あっ、彼奴は?』って思った。その男性に心あたりがあった。以前この辺りを彷徨いていた人だった。そうかと思うと、物陰からアパートの様子も確認しているみたいだった。その部屋の住民に伝えようかと迷っていたら……」 俺は犯行を自白しようとしていた。 「犯行日はストーカーが目撃された日か?」 その言葉に首を振った。 「刑事さんの言うストーカーが目撃された日が何時なか解りませんが、俺が見た時はもっと前だった。その時いちゃもんをつけられました。実はその後も何回も目撃してます」 それは事実だった。いちゃもんと言うほどではなかったけど、睨まれたのは本当だった。 もう一つの証拠のアルミシートは提出してはいけないと思っていた。母娘のアリバイも覆るからだ。 「何故こんなことをした?」 「言いがかりをつけられたからです」 咄嗟に言っていた。 「言いがかり? 好きなのか? とか聞かれたか?」 「はいそうです。彼女から手を引かないと殺すとか言われました。その時、あの母娘の部屋を見ていたのだと気付きました」 二人を助けるためなら嘘も方便。俺は開き直っていた。 「それだけで殺すか?」 「本当に殺されそうになったのです。俺を押し倒してナイフで迫ってきました」 「其処にベルトがあって首を絞めたのか?」 「はい。正当防衛だと思いましたが、怖くなって車椅子で運びました」 「其処に車椅子が良くあったな? 犯行は計画的だったからか?」 「調べてみれば解ります。車椅子はお袋の介護用でした。半年位前に亡くなりましたが……」 俺は当時のことを思い出して涙ぐんだ。
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