「おじさん」と呼ばれて

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「おじさん」と呼ばれて

 四十九日が開け、何もすることがなくなった。その途端に虚しくなった。 俺はお袋のことばかり考えていた。もっとしてやれることがあったのではないのかと、早死にさせてしまった親不孝ばかり責めていた。 悲しみが自分自身への怒りに変わり、すぐにでもお袋の傍に行きたくなった。 親一人子一人、親戚などなかった。だからお袋が亡くなる前に墓だけは用意した。 医師から余命宣告されて途方に暮れていたからだった。 其処には二人が入れるだけの墓石がある。永代供養をしてもらえると聞いたので、選んだのだ。 共同墓地もあったけど、遺骨を預かり十年後に撒くそうだ。お袋は寂しがりやだから、その方が賑やかになるとも考えた。でも気が進まなかった。だから俺はお袋には内緒にして其処を用意したのだ。  葬儀の参列者は俺だけのはずだった。だから直葬を選んだ。そしてその遺骨を其処へ運んだ。 勿論事前に寺には連絡した。 其処で供養してもらった後に埋葬した。俺には其処に立てられた四十九日まで札を裏返す仕事があった。だからすぐには死ねなかったのだ。  俺はぼんやり母の墓を眺めていた。そしたら急に死にたくなった。其処でお袋が呼んでいるような気になって、其処に入りたくなった。お袋を独りきりにしたくないと思ったからだった。お袋を寝たきりにした親不孝の俺には生きて行く資格がないとも思っていた。 俺の脳は自殺願望に溢れ、すぐに寺を飛び出し街中を彷徨い歩いた。  何処にでも自殺出来る場所があると思っていた。でも違った。人に迷惑がかかるからだった。 電車に飛び込めば楽に死ねるけど、飛び散った遺体の処置があるだろう。屋上からも似たり寄ったりだと思った。 だから結局アパートに戻ることにした。  その帰りに声を掛けられた。まだ中学生位の女の子だった。その子は地図を持っていた。 それを見ると、俺の住んでいるアパートの住所と名前があった。 その子は俺のことを『おじさん』と呼んだ。 二十歳になったばかりの俺は少しカチンときた。 でも店のウインドウに映る俺の姿に納得した。 俺は生気をなくしたオッサンの顔をしていたのだ。 その子のお陰で少し元気になれて部屋まで戻って来られたのだ。  俺はお袋の遺品の整理をしようと思いついた。 でもそれがとんでもない物を見つけるきっかけとなった。 介護のために借りていたベッドがそのままになっていることは承知していた。そろそろ返さなければいけないと思って動かしてみることにした。 その下の隅に大量の薬が落ちていたのだ。それはお袋が飲んだ振りをして隠した物のようだ。 つまりお袋は薬を飲んでいなかったのだ。俺に迷惑を掛けるよりは死んだ方がましだ。とでも考えたのだろうか? もしかしたらお袋の死因は自殺だったのかも知れない。 そう思った途端に涙が溢れてきた。それと同時に、これを飲めば死ねると思った。俺は両手でも余るそれをただただ見つめた。  暫くすると、呼び鈴が鳴った。俺はそれで我に返った。 ドアから顔を出してみると、其処には『おじさん』と呼んだ女の子が母親と共にいた。 それは隣に越して来たあの母娘だった。  その母娘のお陰で少しずつだけど前向きになった。二人は俺にとって命の恩人になっていったのだ。 あの事件があった日俺はハローワークに行っていた。母娘と出逢う直前まで働く意欲がなかった。お袋の介護に追われていた頃も何もすることが出来なかった。 お袋が俺のために貯めた金だけが頼りだったのだ。それが底につく前に亡くなったのだ。 でも母娘のお陰で生きていたいと思うようになったのだ。そのためには仕事に就かなければいけないと思ったからだ。  俺は母娘のためなら、どんな罰でも受け入れるつもりだった。 死ぬことばかり考えていた俺に生きる希望を与えてくれたからだ。俺は母娘に出会う前にこの世から居なくなっていた存在だった。それを変えてくれたのが『おじさん』と読んでくれた中学生位の女の子だったのだ。 あの日部屋に帰ってきてお袋が飲まずに隠した錠剤を見つけた。あれを飲んでいれば……、そう考えると胸が痛い。俺はあの母娘に命を救われたのだ。 だからどんな刑でも甘んじて受け入れることが出来るのだ。
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