【短編】眠れない夜に、会話を求めている。

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
忙しい日々が続いたり、苦しいことが有ったり。世の中を生きていると色んな事が起きるのだけれど、それは十人十色の持ち物で、共有が難しい事。だから、たった一人でそれを抱えたまま夜が来て、そのまま布団に入ることになる。明日があるからとりあえず入って目を閉じる。この時間は目の裏に色んなことを投影して考えてしまう時間でもあるのだけれど、気が付くと眠りに落ちていくことが多いのかもしれない。  この時にうまく寝ることが出来ないと、暗闇から不安や希望が出てくる。それとも恐怖を抱くのか。それを消し去りたいのであればいっそのこと死んでしまった方が楽なのではないのか?そう考え始めると〝どうして自分は生まれてきたのか〟いつもの思考ルーティーンが始まる。  それをごまかしたいから、お気に入りのクラシックとかASMRを聞く。もしくはアロマ、行くとこまで行けば睡眠薬。気軽な物であればアルコールに手を出して、まるで意識が切れたかのように眠ることを望んでいく。 「眠る前の静寂がうるさくて眠れない」  照度を落としたスマホのスピーカーから音が漏れる。そういう空間を作って眠りに落ちるしかない。静寂は不安と孤独を私に与えて、それ以上のものは与えてくれない。怖くなってさっき見たSNSが気になってまた開きたくなる。その衝動を抑えるために〝寝ないと明日がやばい〟という呪文を言い聞かせる。 明るい世界が気になりすぎて、暗い世界に行きたくない。  ・・・明るい世界は私にとって素晴らしいものだろうか?  情報の海に溺れて、誰かの正しさに共感したふりをして。キャラクターが変わっても中身は変わらなくて。豪華な箱の中身が気に入らないと次々とお金を投入していく。手に入れたものは空虚なのに、それによって私の優劣が変わっていく。同じがいい。と思わされて、同じ服を着て。違うことがしたいと言いながら同じゲームを買う。見るものはいつも同じもの。まるで飴玉に群がるアリみたいに。それを食い尽くすか、食い飽きるまでそこに居座る。自分の為と思っていた話が、明日自分の為にならないと知れば、悔しくなって、話していたやつを殺しにかかる。  優しさが見え隠れすれば勝手に恋をして、優しさが消えれば勝手に失恋していく。片思いにもならなくて、恋の片棒を担いだだけで恋人の顔をして、そうやって涼やかに生きていく。 俺には、私には心に決めた応援する人がいるんだって。 分からないことが有ればわかるように説明しろとわがままを言って、理不尽なことを言われれば自分に権利があると言い張って。そうやって自分にとって都合の良い世界で周りを固めて、裸の王様になって、それで?急に世界が変わって、その後で結局都合が悪くなるとまた自分の居心地のいい世界を求めて。 そんな明るい世界は素晴らしいのだろうか? ・・・ふつふつと感情が沸いてくる。長い夜に湧いてくる。心の奥から湧いてくる。それは考えたくもない、自分にとってそれは考えてはいけないことで、心の奥底にカギをしてしまっていたある感情。その感情の箱にアクセスすることすら忘れるために、私は明るい世界に依存している。  その箱はどこにある?いったいどこに?  夜寝ることが怖くなって引き返した先にある。その先にあるんだ。 〝どうして自分は生まれてきたのか〟その先にあるんだ。箱が。  でも、どうしようか?怖いよね。ここから先に行くのは。とっても怖い。恐怖に体が付いていかない。当たり前だよね。その恐怖と戦うことを避けていたのだから。恐怖は外にいるとばかり思って、都合のいいようにブロックしてきたんだけど、実際に外の恐怖はほとんど無害。外の世界の恐怖だと思っている奴は、あくまでもきっかけに過ぎなくて、そのきっかけが自分の中に有害なものを作っていて、解毒剤の作り方を知ることが出来るのに、それをしようとしなかったでしょ。その付けが回ってきてる。  最後に戦うのは自分なんだけど、その自分に対抗できる手段がどこにもない。  見たこともない箱のカギは実は持っていて、それを開けることはできる。でもそこに辿り着くことが出来ないのなら、いつまでもその箱は不気味なままそこに置かれたまま。そこに何が入っているのか。もしかしたら自分が死ぬまで開けることが無いのかもしれないその箱。  抵抗力が無いのにその箱を開ける勇気はないんだから。意気地なし。怖いものなどないと思っているのはその明るい世界での話。こっちの話。自分の暗闇の中では赤ちゃんみたいに泣くことしかできない。 「でも、誰も助けてくれないよ」 「じゃあ、いっそのこと死んでみるかい?」  大きな鎌を持っている黒いローブに包まれた人物が私に語り掛ける。その言葉に色はついていなかったが、温度を感じることが出来た。とても冷たい言葉だ。そのローブの人物は興味なさそうにこちらを見ている。 「私にとってはどうでもいいの。あんたが生きようが、死のうが。明日の世界は変わらない。誰も困らないし、あんたはそもそも必要とされて生まれてきたわけじゃないから。必要とされて生まれてきたんだったら、そのままの意味で、どこかで使われて終わるのだけれど、あんたは必要じゃないから自由に暮らしてる」 「あんたが死んでも、明日の世界は変わらない」 「でも、もし生きていたら、明日の世界を変えられるかもしれない」  ・・・こんな戯言は聞き飽きたでしょ?生きていても明日の世界は変えられないよ?せいぜい変えられるとしたら自分の視点だけ。視点が変わって、見える世界が変われば自分にとって世界はどうなのかってのを考え始めるわけで。  謎の人物は鎌の刃に手を添えた。 「この鎌であんたの腕を足を、内臓を引き裂いてやろうか?それは私にとって造作もないことだし、世界にとっても造作もない事。あんたが生きることも死ぬことも、世界は気にも留めてないし、私があんたを傷つけることも世界は止めない。止めるとしたらあんたの親か、友人か、世間になるかもね」 「・・・だったら私を殺してください」  謎の人物は丸い目をしてこちらを見た。 「そこまで言うなら・・・殺してください。その鎌で、その手で私の心臓を貫いて、二度と明日のリズムを刻むことのない体に。二度と朝日が見えない体にしてください」 謎の人物は少し笑った。 「・・・それからどうしたいの?」 「え・・・?」 「だから、私があんたの命を奪った後で、あんたはどうしたいの?喫茶店に行ってお気に入りのアイスを食べてハッピーな気持ちになるのか、それとも誰もいない無人島で裸で暮らすの?」 「死んでから何がしたいんだい?って私はあんたに聞いてんの」 私がその意味不明な言葉の返答に困っていると、もう一つだけ語り掛けてきた。 「それと、あんたが死ぬには条件が有る」 「それは私を殺すこと」  そういうと、謎の人物は持っていた鎌を投げてきた。 「私を殺すことが出来なければ、あんたは死ぬことも出来ない。もっと明確に言えば私を殺さなければあんたはずっと死なない。もちろん、永遠じゃない。あんたも私も老いる。その老いは私の方が早い。だから寿命でいえば私の方があんたよりも先に逝くことになる」 「私が逝けば、その後、残った意地であんたは生きることになるかもしれないけど、長くは持たない。1年も経たずに自然に世の中から、世界から消えてなくなる」  足元に転がった鎌を見つめた。 「そして私を殺すことが出来る人間には共通の持ち物があって、でもそれは〝私を殺す勇気〟じゃない」 謎の人物は頭を指さした。 「恐怖を超えることが出来なくて、いつまでも開けられなかった箱」 「その箱から狂気が飛び出してきて、あんたの中を支配するんだ。狂気は正気を失っちまっている。何せあんたが〝とても長い年月、ごまかして、ごまかして見えないようにしてきたのだから〟ずっと暗闇に居て、狂っちまってる」 「狂気が狂ったら最後。その手で私もあんたも殺されるだろう」 「狂気を携えた人間が、狂気を放置しすぎて解放してしまった人間が私を先に殺せるんだ」 謎の人物はポケットから煙草を取り出すと火をつけて吸い始めた。 「まだ間に合うよ。あんたの狂気は正気を保ってる。だから私もここにいる。私だって狂気が怖いからね」 「・・・だからさ、長い夜をごまかして生きるのはもうやめにしないか?私はもう少しだけ世界を見て回りたいんだよ」  私は、眠れない夜に会話を求めていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!