物件選びは慎重に。

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物件選びは慎重に。

 歩き慣れた道を、先輩と手を繋ぎ並んで歩く。この街はほぼぶらついたつもりだったが、と先輩は辺りを見回した。 「この辺も歩いたこと、あるしな。だけど案外、知らないところも多いらしい」 「事故物件一つで感心し過ぎでしょ」 「それだけじゃないさ。地下一階から少なくとも三階まで欲に塗れた建物も、小学校にビタ付けするように建っているマンションも、うちの隣に2LDKの部屋があるのも、全部知らなかった。物件を調べるはずが、なかなかどうしてこの街の魅力を再発見した気分だ」 「魅力、なんですかねぇ」 「興味を持った、と言い換えた方がいいかもな。そして、今の家を出る気は無くなった。同じ場所、同じ環境から、別の視点を持ってこの街に触れたくなったよ」 「あら。引っ越し、本当にやめるのですね」 「ま、ね。それともしたい? 引っ越し。この街から出れば条件に合う物件は見付かるかも」 「いや、いいです。俺ももう少し此処を知りたくなりました。一緒に色々見て回りましょう、先輩」 「素直で可愛いねぇ田中君。そしてこれが、我が街探索の第一歩だ」  それは、ごく普通の一軒家だった。外観は写真と全く同じ。外壁も、塀も、ホームページの写真と同じだ。雨戸がしっかり閉められているのも、門が開かないよう鎖で何重にも縛り付けられているのも、同じ。  先輩、と握る手に力が入る。先輩は目を細めた。 「どうやら入居と同時に同居人が最低五人は増えそうだ。ペットは三匹。見える範囲では、ね」  さて、と先輩が俺に向き直る。 「やめようとは言ったが、どうする? 一軒家が月七万円で住めるんだぜ」  馬鹿仰い、と俺は先輩の手を引いてその場を離れた。 「元々俺は引っ越しをするつもりはありませんでした。ましてや何が悲しくて事故物件に住まなきゃならんのですか」 「安くて広いから」 「冗談じゃない。それに、俺は先輩と二人きりがいいのです。ルームシェアなんてまっぴらごめんだ」  あはは、と笑い声をあげた先輩が俺の腕に絡みついてきた。 「そこなんだ?」 「大事でしょう」 「ふふん、まあね。じゃあついでに不動産屋へ寄って今の家の契約を更新してこようか。引っ越しの機会は二年後まで持ち越しってことで」 「了解、です」  駅前へ足を向ける。二年か。少し長い気もするけれど、まだまだこの街には知らないところがたくさんあった。今までよりも新しい発見が続く二年になるかもな。案外、あっという間かも知れない。そう思った時。 「コラ、帰んな」  先輩が足元を手で払った。一気に俺の顔が引き攣る。 「憑いて来ちゃった」 「……事故物件には二度と近寄りません」 「そうだね。引っ越し先は慎重に選ぼうね」  二年間は物件探しの熟考にあてるのがいいかも知れない。
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