伸明 14

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 …まったくバカバカしい…  実に、バカバカしい…  どうして、私とナオキが、五井の内紛に巻き込まれなきゃ、ならないのか?  今さらながら、思った…  思ったのだ…  そして、そんなことを、思っていると、今さらながら、このマミさんが、私に警告をしたことを、思い出した…  …これ以上、五井に関わっては、ダメ…  …寿さんが、傷つく…  と、私に警告をしたことを、思い出した…  つまりは、私とナオキが、傷つくことを、あのとき、マミさんは、知っていたわけだ…  だから、あのとき、警告した…  そういうことだ…  が、  同時に、おそらく、その警告は、意味がないことを、マミさんは、理解していたに違いない…  FK興産の株を買収することは、おそらく、決定事項…  すでに、決まっていたことに、違いないからだ…  だから、ナオキは、ともかく、私が、傷つくことは、わかっていたはずだ…  私が落胆することを、わかっていたはずだ…  そして、そこまで、考えると、今度は、ナオキの目的が、見えてきた…  なぜ、私をFK興産の非常勤の取締役にしたのか、見えてきた…  一つには、五井とFK興産を共同経営する前に、私を取締役にしたかった…  なぜなら、五井に半分、株を握られれば、ナオキは、思うように、人事ができないからだ…  だから、五井と共同経営する前に、私を、非常勤の取締役にした…  そして、それ以上の目的は、私にFK興産を、守らせること…  それに尽きるのではないか?  そう、気付いた…  如何に創業社長といえども、五井と共同経営する立場では、ナオキは、今までのように、会社で好き勝手は、できない…  とりわけ、人事をいじることは、できない…  だから、五井と共同経営する前に、私を穂常勤の取締役にした…  あのとき、ナオキは、私を非常勤の取締役にしたのは、私に金をやるためだと、言った…  無職になった私に金を与えるためだと、言った…  非常勤の取締役にすれば、給与を与えることが、できるからだ…  が、  実は、裏の目的があった…  そのことに、気付いた…  気付いたのだ…  同時に、今さらだが、ナオキが、どこにいるのか?  気になった…  そして、ナオキの居場所は、当然、このマミさんは、知っているに違いない…  だから、それを、マミさんに聞きたくなった…  当たり前のことだ…  「…マミさん…」  「…なに、寿さん…」  「…マミさんは、当然、ナオキの居場所を知っていますよね…」  「…藤原さんの居所?…」  「…そうです…」  「…知っているわ…」  「…どこですか?…」  「…それは…」  「…それは…」  「…言えない…ごめんなさい…寿さん…」  「…どうして、言えないんですか?…」  「…五井長井家…」  「…五井長井家が、どうしたんですか?…」  「…五井長井家が、藤原さんに接触すると、困る…」  「…五井長井家が接触?…」  「…今も言ったように、五井長井家もまた、藤原さんに接触して、FK興産の株を買おうとした…だから、それを、知った伸明さんや、和子叔母さまが、先んじて…」  後は、言わなくても、わかった…  要するに、五井長井家が、ナオキに接触して、FK興産の株を買収しようとしたから、急いで、伸明も和子も、ナオキに接触して、株を買い取った…  だから、今、ナオキの居場所がわかれば、五井長井家の人間が、ナオキに接触しかねない…  それを、伸明も和子も、恐れたに違いなかった…  なにしろ、ナオキは、まだFK興産の株を半分持っている…  それを、五井長井家が、買い取るとでも、言い出せば、どうなるか?  それを恐れたに違いない…  もちろん、ナオキが、自分の持つ株を、そんなに簡単に売るか、どうかは、わからない…  ただ、業績が赤字で、株を半分売却するほど、経営が追い詰められた状態だ…  ナオキが、FK興産の経営に嫌気がさして、自分の保有する株を全部売却しても、おかしくはない…  が、  もし、そうなれば、どうなるか?  FK興産の株を五井本家と、五井長井家が、半分ずつ所有することになる…  当然、そんな事態は、本家は免れたいに違いない…  本家=伸明と和子は、避けたいに違いない…  そして、もし、そんなことになれば、五井長井家が、力をつける…  その結果、五井の順列が、崩れる…  そして、そうなれば、さっき、マミさんが、言ったように、  「…最悪、五井が崩壊する…」  そういうことだろう…  ヤクザでも、国家でも、これは、同じ…  昔の日本の戦国時代でいえば、下剋上…  つまり、身分の低い者が、身分の高い者より、力をつける…  その結果、パワーバランスが、崩れて、それまで、身分の低かった者が、身分の高かった者に代わって、その地位に就く…  そういうことだ…  そして、五井に限って言えば、それほどでもないが、それでも、五井の中にあって、本家と東西南北の4家は、別格…  五井十三家の中にあって、別格だ…  だから、それ以外の格下の8家が、本家や東西南北の4家と肩を並べるようなことになれば、一大事…  まさに、一大事だ…  五井の序列が、崩れかねないからだ…  身分の下の者が、身分の上の者と、同等になりかねないからだ…  そうすれば、秩序が、乱れる…  五井家内のパワーバランスが、崩れたことにより、五井家が崩壊する可能性がある…  だから、それを、伸明も和子も恐れたに違いなかった…  私は、マミさんの電話で、ようやく、事態が、飲み込めた…  だから、ホッとした…  胸のつかえが、取れたようで、ホッとした…  もちろん、マミさんの言うことを、全面的に信じたわけでは、決してない…  が、  今、マミさんの言ったことは、納得できる…  納得できるからだ…  どんな話も、納得できない話に同意は、できない…  当たり前の話だ…  しかしながら、ユリコの説明とは、違う…  今、マミさんが言ったこととは、全然、違う…  が、  どちらも、納得できる…  わけのわからない話ではない…  だから、どちらが、正しいか?  あるいは、  どちらが、ウソを言っているか、わからないが、それでも、どちらも、納得できる話だ…  私は、思った…  私は、考えた…  が、  だからこそ、困る…  どちらが、ウソを言っているか、わからないから、困る…  マミさんとは、気も合うし、信用できる…  真逆に、ユリコとは、気も合わないし、信用もできない…  が、  それと、これとは、別…  私にとって、別だった…  気が合って、信用できるからと、いって、いつも、信用しているわけではない…  真逆に、気も合わないし、信用できない相手でも、ホントのことを、言っている可能性はあるからだ…  だから、悩む…  どっちが、ホントだか、悩む…  そういうことだ…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、そんなことを、考えていると、  「…ごめんなさい…寿さん…」  と、マミさんが、電話の向こう側から、私に詫びた…  「…ホントに、ごめんなさい…」  と、続けた…  が、  いつまでも、マミさんに謝らせるわけには、いかない…  だから、  「…マミさんに、謝ってもらうものじゃ、ないですよ…」  と、言った…  「…マミさんが、FK興産の株を、買収したわけじゃないし、それに、FK興産の業績が、悪いのも、ホントだろうし…」  私は、続けた…  が、  それにも、かかわらず、  「…ホントにごめんなさい…」  と、マミさんが、続けた…  もはや、私は、どう言って、いいか、わからなかった…  マミさんは、なにを言っても、謝り続ける…  これは、困った…  実に、困った…  と、  そのときだった…  ふと、閃いた…  「…マミさん…誰か、来たみたいですから…これで…」  と、慌てて、言った…  もちろん、ウソだ…  誰も、来ていない…  インターフォンのブザーも鳴っていない…  が、  姿が、見えないのが、いい…  実に、いい…  ウソがつけるからだ…  だから、実に、いい…  電話だから、いい…  もしかしたら、マミさんも、私が、ウソをついていることに、気付いたかも、しれない…  マミさんが、慌てた様子で、  「…じゃ、これで…」  「…ハイ…すいません…」  と、言って、慌てて、私は、電話を切った…  正直、ホッとした…  マミさんには、すまないが、ホッとした…  いつまでも、マミさんに、謝られても、困る…  だから、ホッとした…  同時に、このマミさんの電話で、騒動の遠因が、見えてきた気がした…  もちろん、マミさんの言うことを、全面的に、信じているわけでは、決してない…  が、  まったくのウソを言うとは、思えない…  が、  しかしながら、マミさんは、五井家の人間…  いかに、私と仲が良くても、私と五井家のどちらの側に着くかと、問われれば、間違いなく、五井の側に着くに、決まっている…  当たり前のことだ…  だから、五井にとって、不利なことは、私に伝えるはずがない…  いかに、仲が良くても、私に伝えるはずが、ない…  私は、思った…  私は、考えた…  が、  だからと言って、マミさんを嫌いなわけでも、なんでもない…  それは、それ…  これは、これ…  仕方がないことだからだ…  いかに、仲が良くても、できないことは、できない…  超えては、ならない一線…  あるいは、  超えられない一線があるからだ…  私は、思った…  私は、考えた…                <続く>
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