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嘘と本音
不思議なメンバーでの一日は思いの外楽しくて、ゲーセンででっかいクマを取ったり、ふざけたプリクラなんかも撮ったりして、凄く楽しかった。
「それじゃあ、また!」
「おう。気をつけて帰れよ」
「ありがとうございました」
俺と夏樹は電車、残りの3人はバスで帰るため、駅前で解散するも、何だか名残惜しい。
「んじゃな!」
「またな。夏樹」
夏樹とは乗る線も違うから、結局一人になってしまう。それが余計にだな。
だけどホームに着いた瞬間、タイミングよく俺が乗る電車が到着してホッとする。
と同時に、ズボンのポケットに入れたスマホが低く揺れたのが分かった。
誰だろう、とスマホを開いた瞬間。思わず叫びそうになった口を俺は押さえ込んだ。
[今日はありがとう、楽しかった。あと、鳴海がごめんね。体調悪いのと機嫌悪いのが重なってたみたい。今、バスで寝てるよ]
ポコン、と続けて送られてきた写真には凪音の肩に寄りかかり眠る鳴海先輩の姿があって、ちょっとだけドキリとしてしまう。
いやだって、眼鏡外してんだもん。
大人になった凪音じゃん。
ひとつしか違わないけど、鳴海先輩って妙にセクシーって言うかなんていうか。てか、凪音の顔、何。お兄ちゃん大好きな弟です顔じゃんこれ。
え、何この兄弟。
仲良いの、悪いの、はっきりして?
[それと、陽向のことは何となく言いたくなっただけだから。気にしないでいいよ]
ガタンゴトンと電車が進み出す。
が、俺は眉間に皺を寄せたまま、先輩からのメッセージに何と返せばいいか悩んでいた。
今日が月命日。
幼馴染“だった”人。
逢沢陽向。
3人の幼馴染、か。
「……?」
あれ、なんで凪音は行かなかったんだろ。
*
side円居翔
「着いたよ、兄貴」
「……ん」
「お金払っとくから、先降りて」
「ありがとう。翔にい」
凪音に手を引かれていく鳴海を横目に、俺は3人分の料金を払ってバスを降りた。
ファミレスまでは平気そうだったけど、どこでスイッチ入ったかなぁ。
……あー、もしかしてプリクラ?
鳴海って仕切られた空間苦手っぽいし、バスとか車も長時間乗れないからなぁ。俺も電車乗れないけど。休憩挟まずに解散して、バス乗ったからか?断ればいいのに。凪音の友達だからって、遠慮してる?変なの。
色々な疑問や思考が浮かぶ中、前を歩く2人の先に見慣れた、でも俺にとっては久しぶりの人影があって頬が自然と緩んでしまった。
「鳴海!凪音!翔くん!」
「え、母さん?なんでいんの」
「帰りが遅いから心配になって」
「は?兄貴連絡は?俺といるって伝えとくって言ってたじゃん」
「……わすれてた」
「アホすぎる。翔にいもだよ」
「あはは、ごめーん」
ほっとしたような、でも呆れたような笑顔を浮かべる鳴海達の母親とは違い、凪音はちょっと怒ってるご様子だ。これはまずいね。そう思ったのも束の間、鳴海を母親に預けた凪音が、ズカズカと大股でこちらに歩いてくるのが分かって、我先にと降参のポーズをとり、これから来るであろうお叱りを甘んじて受け入れることにした。
「先月のこと、忘れてるとは言わせねぇぞ」
「ごめん。その節はご迷惑おかけして、」
「違う。そこは謝んなくていい。あんたが陽向さんのことになるとおかしくなるのは、仕方ないし、もう慣れた。それは兄貴もだからお相子だろうし」
あれ、なんか酷くない?この子。
「でも、兄貴のことはちゃんと見てよ」
「見てるよ?鳴海のこと」
「見てねぇよ。何も知らねぇだろうが」
「……調子のんな、凪音」
「っ、でも兄ちゃんが!」
「うるっせぇんだよ。頭に響く」
「……ごめん」
「ちげぇだろ。頭使え」
「…………すみません翔さん」
「すんごい間だね。いいよ」
不服そうなの面白いし。
そんな俺の心情がバレていたのか、凪音には睨まれてしまう。これは、学校でとの態度の違いに慣れるまでまだ時間がかかりそうだ。
「さぁ、早く帰りましょ。翔くんも久しぶりだし、お家寄っていかない?オムライス作るわよ?」
「え、行く。絶対行く」
「ふふ、相変わらずオムライス好きなのねぇ。わかった!おばさん奮発して、みんなにアイスも作ってあげるわね!」
「ちょー好き。結婚する?」
「あら嬉しい。でもごめんね?私には愛する旦那がいるものだから」
「それは残念。仕方ないから凪音にしとくよ」
「お断りだわ。彼女いるし」
「あー、真生(まき)ちゃんね」
その後の帰路は、凪音の彼女自慢で反吐が出そうだった。惚気けすぎたろコイツ。
「ねえ、翔にい」
「ん?」
鳴海達の家に着いて、中に上がる前。
俺が玄関で鳴海の家でごちそうになるって家にメッセージを送っていたら、リビングに行ったはずの凪音が戻ってきて、首を傾げる俺にこう言った。
「俺、陽向さんのこと嫌いだよ」
「……知ってる」
「兄貴のことも、翔にいのことも苦しめた。自分だけ逃げた人に、俺は二度と会いたいと思わない」
「知ってるよ。それが凪音でしょ?否定しないし、悲しいとも思わないって、前言わなかった?」
スマホをポッケにしまい、靴を脱ぐ。
おばさんが出してくれた来客用のスリッパに足を入れて、奥へ進もうとしたところで。
「……なぁに?さっきからさ」
凪音は、俺の腕を掴んで引き止める。
「黙りするなら俺もキレるよ」
「……翔にいは、ならないでよ」
「だから、いい加減に、っ」
「__翔にいまで逃げて、俺達の前から消えようとすんなって言ってんだよッ」
「……っ、なお、と?」
ギリ、と歯を噛み締める音が聞こえた。
掴まれた手首が、痛い。
「俺は、陽向さんが嫌いだ。自分だって被害者なのに、全部背負い込んで、逃げたんだ……大っ嫌いだ、二度と会いたくない!」
たぶんこれは、凪音の叫びだろう。
陽向の葬式に出たっきり、凪音は凪音の世界から陽向を消した。この様子だと、鳴海に起きた俺の知らない出来事も知っているんだろうな。そしてやっぱり、鳴海の過去には___トラウマには、あの人が関わっている。
「……じゃあ、聞くけどさ」
「んだよ」
「鳴海と陽向の母親って、あの日、なんかあったでしょ」
ピクリと、凪音の肩が揺れる。
はは、マジか。ビンゴかよ。
「翔くーん?凪音ー?早くいらっしゃーい!」
「……やっぱいい。ごめん、鳴海が話たがらないからって、凪音に聞くのは違うね」
「いや、ごめん、あの」
「いいよ。早く行こ。お腹減ったわ」
「……うん」
その日食べたオムライスは、酷く懐かしい味がして虚しかった。
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