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片思い
あれからも、何度か図書室に足を運んだ。
その度に先輩はそこにいて、オススメされた本を隣で読んだり、あの日のように居眠りする先輩を眺めて過ごしていたんだが。
「……あれ?」
今日は、いつもの席に先輩がいなかった。
珍しいなぁとスマホを開き、先輩とのトーク画面からメッセージを送る。
[先輩今日は来れないですか?]
しつこいかな、とも思ったがこうも毎日会っていると、今更会えない方が寂しく感じるというものなのである。
それに、好きな人だ。
俺が片思いしてる人。
すぐにこの気持ちを伝えるつもりはない。だけど、少しでも伝えたいと思ってしまう。それが先輩にとって迷惑にしかならないと分かっていても、だ。
「……あぁぁ、きっつ」
久々に本気で恋してるわ。しんど。
__ピコン
そんな俺を励ますように、スマホが鳴った。
通知を見ると、先輩の名前が表示されていて胸が高鳴っていく。
[ごめん。日直で日誌書かされてる]
[全然大丈夫です!]
[終わったら行くよ。少し待ってて]
[わかりました!]
[今日も元気だね]
[先輩と会えるんで、楽しみでテンション上がってます]
[それは嬉しいけどね。図書室だから、静かにしてるんだよ]
[はい!]
ニヤニヤと上がる口角を隠すように、口元を右手で覆った。
先輩とのやり取りは、メッセージでの方がよく話していると思う。
図書室ではお互い本を読んだり、眠っていたりすることが多いけど、メッセージだと案外先輩は色んなことを話してくれるんだ。
[先輩って好きな食べ物ありますか?]
[オムライス]
[美味いですよね。俺、とろとろ派です]
[残念。俺は固め派]
[えー、マジすか。とろとろがいいのに]
[あんなのオムライスじゃないよ]
違うところも沢山あるし。
[和真に質問がある]
[はい!なんでも答えます]
[シャケと鮭の違いって何?]
[え、すみません。わかんないです]
[文字の違いかな?]
[うーん、どうなんでしょう]
[まぁどっちでもいいけど]
[え?]
[おやすみ]
[え?おやすみなさい]
よく分からないところも沢山あった。
[今度、隣町の大きい図書館行きません?]
[あれ行ったことないんだよね。行きたい]
[電車で15分くらいです]
[あー、ごめん。電車苦手かも]
[え、そうなんですか?じゃあバスは?]
[大丈夫。バスも同じくらい?]
[はい。お昼も近くで食べたいですね]
[調べてみるよ]
[一緒に調べませんか?]
[いいね。そっちのが楽しそう]
[じゃあ、電話繋げましょ]
[まって。イヤホン取ってくる]
少しだけ、電話したりもした。
日に日に増えていくこの気持ちは、あとどれくらいで溢れてしまうんだろうか。先輩はそのとき、どんな顔をするんだろう。
引かれないといいけどなぁ。流されるのも、距離を置かれるのも、結構きついし。
「……ふぁぁ」
思考を働かせる、なんて慣れない作業をしていたら自然と零れた欠伸に涙が出てきた。
そうしてそのまま、意識が遠のいていく。
「__ッ!」
「あ、起きた」
ふと目が覚めると、窓の向こうが暗かった。サッと血の気が引いて机から上半身を起こした俺の目の前には、穏やかに微笑む先輩がスマホ片手に座っている。
「ぁ、え、おれ寝てました?」
「気持ちよさそうに涎垂らしてた」
「げ!写真撮らないでくださいよ!」
「いいじゃない。可愛いし」
「うっ、嘘つかないでください」
「嘘じゃないよ。待ち受けにしようか?」
「なッ、絶対だめです!」
「え〜?ケチ」
愉しそうに喉を鳴らして笑う先輩の姿を見ると、まあいいかって許してしまうのは完全に惚れた弱みだった。
せっかくの先輩との時間を寝て過ごした俺も俺だが、暗くなるまで起こさず待つなんて先輩も優しすぎではなかろうか。
「ほんとすみません。帰るのこんな遅くなっちゃって」
「大丈夫だよ。まだバスあるもん」
「でも、次からは叩き起してくださいね?結局俺が待たせちゃってるし」
「いいってば。俺がもうちょっと一緒にいたかっただけ。文句ある?」
その言葉に、息が詰まった。
____いや、いやいやいやいやッ。
「……なんも、ないです」
「ふふ、よろしい。いい子だね」
撫でられた頭が熱い。
隠した頬も熱くなる。
暗くてよかった。
じゃないとバレてしまうから。
たぶん俺は、女だからとか男だからとかじゃなくて先輩が好きなんだ。
「…………ほんと、好きです」
数メートル先を歩く先輩の背中に、溢れだした想いが飛んでいきそうになって。
駄目だ、まだダメだからと。
痛む左胸の辺りをギュッと握った。
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