嫉妬

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嫉妬

「先輩、起きてください」 「……んん」 色々あったあの日の昼休みから数日が過ぎ、俺はいつも通りの放課後を、先輩と共に図書室で過ごしている。 運動部の声が徐々に聞こえなくなって、外が薄暗くなり始めた頃、申し訳なさも感じながら起こした先輩の頭を見て、思わず笑みが零れてしまった。 あーあ。寝癖ついてるよ。可愛いけど、このままバスに乗るのはちょっと可哀想だな。 なんて考えながら、俺がまだ寝惚けている先輩の髪を撫でて、鞄を手に取り立ち上がろうとした、そのときである。 「かずま」 不意に、掠れた甘い声で名前を呼ばれたかと思ったら、あろうことか先輩はそのまま俺のネクタイを自分の方に引いて、グッと顔を近づけてきたのだ。 __残り、1センチ。 「ッせん、ぱぃ」 互いの息がかかる距離感まで近付いたものだから、俺の心臓は今までに聞いたことがないくらい強く脈を打っている。 何とか体制を立て直そうと片手を着いたが、それさえ、先輩は許してくれなくて。 さらにネクタイを軽く引かれ、あと数ミリの距離まで縮められてしまった。 「ほんと、離してくださ、」 「ほんとにいいの?」 「っ、だから」 「いいよ。和真」 「ぐっ……ま、じで勘弁して」 「ふふ、頑固だなぁ。そういうとこも好きだけど、今は違うよね?」 「……先輩」 「……おいで」 あと少しで唇が重なってしま___ドンッ! 「〜〜〜〜いッ!」 途端、頭部に走る激痛。 目前に広がる天井、冷たい床。 見慣れたベッドのフレームに、我に返った。 「……クッソがよォォ」 時刻は12時35分。 日付は7月29日。 外は快晴。気温は29℃。 絶賛夏休み中の、夢オチである。 * 「ギャハハ!夢オチって、ぶはッ、マジかよ!超ウケる!」 「夢精してないだけマシだな」 「もうやだ。ほんとお前ら嫌い」 14時から駅前のファミレスで待ち合わせしていた夏樹と凪音に夢の話をしたら、こうだ。マジで友達やめてやろうかと思った。いやうそ。それは流石に冗談。 でも、人が泣きそうなくらい真剣に話した恥ずかしい話を遠慮なく笑われ不満はあったので、睨むのはやめなかった。 「てか、なんなら兄貴達呼ぼうか?」 「へ?え、呼べるの?」 「大体あの2人一緒にいるし、今なら陽向さんとこいると思うから」 「……ひなたさん?」 [あ、兄貴?今どこ?] 凪音の気遣いに感謝しつつ、浮かんだ疑問に俺と夏樹は目を合わせ、首を傾げるしかなかった。 しばらくして、本当に2人揃って現れた時は驚いたのと嬉しいのとで、飲んでたコーラ変なとこ詰まったけどな。 笑い堪えてんじゃねぇ、夏樹。 「これなんの会?」 「兄貴に宿題させようの会」 「スパルタでいいなら教えてやろうか」 「無理。死んだ方がマシ」 「じゃあ死ねガキ」 「は?誰こいつ呼んだの」 お前だよ、とは口が裂けても言えなかった。 だって鳴海先輩の顔みてみろよ。般若だぞ。 「いっでぇッ!?」 案の定、思いっきり頭を叩かれた凪音に心の中で合掌する。すると、この空気に耐えかねた夏樹が「ドリンクバー行きません!?」と半ば悲願する形で声を上げた。ナイスッ。 「鳴海取ってきて〜」 「いつもの?」 「うん。マスターいつもので」 「はいはい。かしこまりました」 うわ、今のなんか、ずるい。 遠ざかっていく3人の背中を眺めながら、俺はいやいやと頭を振って邪念を否定する。 この2人は幼馴染なんだから、パッと出の俺なんかより仲が良くて当たり前じゃないか。 今でも十分仲良くしてもらってるのに、これ以上を望むのは贅沢だろ、俺。 「……あれ」 そのとき、不意に鼻の奥を掠めた香りに先輩の方へ顔を向け、口を開く。 「なんか、線香の匂いしません?」 本当に何気ない質問だと思った。 あれ、ここコンビニ出来たんですね的なあれのつもりで深い意味はなかったはずなのに。 「……知りたい?」 「えっ、と」 先輩の顔色が、表情が。 これ以上、探ってくれるなと言っている。 そんな気がして慌てて否定したのだが、何を思ったのか先輩は笑って、前を向いた。その視線に釣られるようにして俺も前を向けば、ドリンクバーから戻る3人の姿が視界に写る。 「今日は、俺達の幼馴染だった人。逢沢陽向(あいざわひなた)の月命日なんだ」 「え、」 「__お待たせ」 コト、と先輩の方へ顔を向けるよりも先に目の前へ置かれたコップ。そこから離れていく手を追うように目線をあげれば、酷く冷たい表情の鳴海先輩と目が合って、一瞬、息が出来なくなった気がした。 「和真の分も持ってきたんだ?」 「なくなりそうだったからな」 「へぇ、優しい。でもそれ、飲める?」 「ぁ、は、はい!全然飲めます!」 「そう。ならいいけど」 「あの、ありがとうございます」 「凪音に聞いたから、安心しろよ」 へ、と口をつける前に固まった俺を見て、鳴海先輩はゆっくりと口角をあげて喉を鳴らす。 「お前が好きな飲み物の話」 「……あ、あぁ!なるほど、なるほど」 「やめろよ兄貴。からかうなって」 「からかってねぇだろ」 「てか鳴海先輩が教えてくれた組み合わせ、マジ美味いっす!天才っすね!」 「黙って飲め」 「はい!」 なぜか鳴海先輩に懐いた夏樹とは違い、俺は微妙に鳴海先輩からの警戒心が強まった気がしたんだけど。気のせい、か?
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