警視庁公安部特別捜査課

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「西神亮介さんですよね。……本日付けで捜査一課から異動になりました、天音光瑠と申します。先月は、ありがとうございました」 「礼を言われるようなことはしていない」  あの時と変わらない、低音で吐き捨てるような口調だ。 「……あの後、祖母とちゃんと話せました。服役中だった犯人が自殺したと話したら、泣いて喜んでいました。……きっと神様が光瑠のために助けてくれたんだ、と言って」  光瑠は紙袋の持ち手を強く握り締める。 「夕方6時頃。喉の痛みと咳の症状が出始め、一気に容体が悪くなりました。そして……0時過ぎに肺炎のため亡くなりました。西神さんが仰った通りの結末ですが、思い出話ができ、本当に感謝しています。最期は、安心したような穏やかな顔で亡くなりました」 「そうか」  亮介の言葉には感情がない。そして、目元を腕で覆っているため、視線も合わない。それでも光瑠は、紙袋をゆっくりと差し出した。 「葬儀にいらしていたんですね。受付の方が、西神亮介と書いてある香典に戸惑っていました。小規模の葬儀で、一課の上司も呼んでいません。なので、知らない名前で驚いたようです。僕の職場の方ですとは告げました。香典を頂いているので、こちらを……」 「香典返しか。どうせタオルだろ。いらねぇ。アイツらに渡して、ジャンケンでもさせればいい」  光瑠は振り返ると、瞬きを繰り返した。趣味に勤しんでいた2人と初めて目が合う。  やや垂れ目の南城。カラーコンタクトをしているような、若干茶色味を感じる瞳だ。佐東はスクエア型の眼鏡を装着しており、知性的な印象を受ける。自画自賛していた通り、皺やシミも確認できないほど整った顔立ちだ。 「うっそー! 西神くん、いつの間に葬儀に行ってたの? しかも香典まで。行くなら行くって言ってよー。私、課長なんだからね。一言くらい欲しいよー」 「香典は置いて行っただけだ。お焼香もしてねぇし、ただ遠くから手を合わせただけ。誰にも姿を見られねぇように、飛んで、帰ってきただけだ」  その言葉に、光瑠の心臓がバクバクと音を立て始める。飛んで帰ってきただけ――とんぼ返りを意味しているはずだと思うものの、言葉通りの意味を想像してしまったのだ。 「……あの、その……新幹線の交通費、出します」    佐東はテーブルに頬杖を付き、口角を上げる。 「受け取らないと思いますよ。さて、自己紹介も終わったので、なぜ天音くんをマークしていたのか説明しますね」  佐東はキャスター付きの椅子を滑らせたまま、大型ディスプレイへと向かった。パソコンのキーボードを叩き、エンターキーを押す。映し出されたのは、光瑠も目にしたものだった。 「ちょっと、プライバシーの侵害です! 僕の健康診断の結果じゃないですか! なんで、持ってるんですか!?」 「一応ぼかしていますが、天音くんの位置だとぼかしが弱く見えるのでしょうか。では、分かりやすくしますね」  エンターキーを押した佐東。大型ディスプレイに表示された健康診断結果は、数値や判定箇所が黒塗りに変わる。 「……とんでもなくマズいものになっていますが、全て正常でしたよ。問題なかったです。そもそも、加工処理をしている時点で、皆さん僕の結果を見ているということですよね。本人の許可なく、このようなプライバシーに関する書類を勝手に見るなんて。訴えますよ」  ――この課は非常識集団なんだ。一課に戻ろう。阿久津さんにちゃんと話して、戻してもらおう。  内心憤慨する光瑠をよそに、佐東はさらにエンターキーを押す。表れたのは、確認していない検査結果のようだ。  ――――――  警視庁  警視総監 阿久津武史様  公安部特別捜査課 課長 仙北昌伸様    特殊血液検査について  1月より実施された警視庁関係者の健康診断において、分析結果のご報告がございます。  警視庁刑事部捜査第一課所属  天音光瑠(30)  上記の人物に、特殊血液が確認されました。しかしながら、こちらでも前例がないケースですので詳細は不明です。あくまでも我々は、血液分析と結果提示のみですので、その後の判断は致しかねます。  尚、分析結果は以下の通りです。  天音光瑠(30)  天使血液 60%  悪魔血液 40%  天使血液の一部が突然変異し、死神の血液が含まれている。飛行能力所持の可能性大。  東京警察病院  特殊血液分析チーム  ――――――  光瑠は文面を何度も目で追ったが、理解が追いつかなかった。採血は受けたものの、このような説明はもちろんない。 「どういう、ことですか?」 「さて。本題に入ろうか……」  そう告げたのは、隣に腰掛けている仙北。混乱している光瑠に向けて、座るよう促すと、優しい口調で話し始めた。
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