シナリオの結末

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 倫平との出会いは、倫平のバイト先だったカラオケ店に乃亜が客として訪れた時だった。フロントに立つ倫平に一目惚れした乃亜は、勢いで「バイトの募集はしていないですか」と尋ねた。すると、その場に居合わせた前任の井上店長が快く応対してくれ、翌週から働かせてもらえることとなった。動機は不純だったが、真面目な性格の乃亜は恋愛にかまけて仕事を疎かにすることなく一生懸命働いた。 「乃亜ちゃん、倫平狙い?」  休憩中に井上店長から不意に尋ねられた乃亜は狼狽した。 「えっ? あのう、その……」 「わかりやすいなあ」  井上店長は、くすくす笑った。 「知ってたけどね。あの日、乃亜ちゃんが倫平に向ける眼差しは、恋する乙女のソレだった」  井上店長は優しい笑顔を携え、協力すると言ってくれた。具体的には、シフトの調整だった。  シフト希望の提出は二週間前で、自分の入りたい時間帯を申告するのではなく、入れる時間帯を申告することになっていた。そうして極力スタッフの希望に沿う形で店長がシフトを組んでいく。  二週間後にボードに貼り出されたシフト表を別のスタッフと確認していた乃亜は、急激な頬の火照りに「何か今日暑くない?」と誤魔化しながら両手をパタパタさせて顔を扇いだ。  今までは時々しか被ることがなかった倫平と丸被りだったのだ。あまりにも露骨すぎて、怪しまれるのではないかと心配したが、意外なことに誰も気付くことはなかった。皆、自分と被る相手が気になるだけで、他人のシフトには興味がないようだった。  “自分と被る相手”の倫平だけがそれに気付いた。 「乃亜ちゃん、俺と丸被りじゃん。宜しくね」  基本いつでもOKだった二人のシフトを合わせるのは特に難しいことではなかった、と井上店長は笑っていた。そうして、そんな井上店長の力添えのお陰で、二ヶ月後には念願叶って倫平と付き合うことができたのだが、喜んだのも束の間、残念なことにその一ヶ月後、良き相談相手で頼れる兄貴的存在だった井上店長は、家庭の事情で退職してしまった。
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