ボク・ゴー・ラウンド

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 理想はあるけど、実際は何もしていない。  それがいままでの僕の生き方で、きっとこれからもそうだと、僕は思う。  だって、いい例が今まさしく、僕の目の前にあるじゃないか。『自己アピール欄』で書くことがなく、結局は書き損じてしまった、履歴書が。  大学の前期試験が終わって、夏休みに入った。長い暇が出来た僕は、バイト先を見つけて働きたかった。だから僕は、めぼしいファストフード店のバイト募集のチラシをちぎってきて、裏面にあった履歴書の欄に、ボールペンで自分の情報を書き入れていたところだった。  僕はいつもこうだ。自分のいいところが、まるで見えない。「悪いところ」ならばいくらでも挙げられるのに、どうして僕はこうなんだろう、と思うと余計に落ち込んで、自分がなおさら嫌になる。  今回もその循環にはまってしまった僕は、椅子から立って、ベッド脇にある出窓のカーテンを開けた。  僕の住むアパートの隣も同じくアパートで、お隣はうちより大分古く、壁にヒビが入ったり、塗装が貧相にはげたりしていて、見るからにひどいガタが来ている。そして、二階にある僕の部屋の出窓は、お隣にある出窓と、ちょうど向き合っている格好だ。だから、僕がこちらの出窓のカーテンを開けると、お隣の出窓がすぐ近くに見える。  問題はここからで、今年の春に越してきた若い女性のお隣さんは、よく言えばとても開放的、悪くいえばひどく不用心かつ、無防備な人らしい。今夏も暑いし、エアコンを使えば電気代がかさんで当然の話だけれど、お隣さんは夕方に帰宅してから翌朝までずっと、出窓を開けっ放しにする。ベージュのカーテンは両脇に寄せて全開、閉めているのは網戸だけ、の状態に。  そりゃ、夜風が入ればいくらかは涼しいだろうし、様子を見る限り、お隣さんは学生でもなく、きちんとした勤めもしていないようだ。金髪の彼女は朝方いつも、派手な柄の短いスカートに小さなバッグで出掛け、夕方に帰ってくると出窓を開けて、コンビニ弁当や総菜を食べて、寝るか、スマホいじるか、テレビ観るか、している。だから、僕が出窓を夕方以降にうっかり開けると、煌々とついた向かいの灯りと、流れてくる軽いリズムの音楽にぎょっとしてしまう。  彼女は一人暮らしみたいだし、古いアパートでもエアコンは備えられている様子だし、なにせ、僕が一日の行動を把握するまで、お隣さんについて知ってしまっていることが気持ち悪くて、困る。加えて、僕は同じことをされたくないから、おちおち出窓のカーテンを開けられない。  迷惑だから出窓を閉めてほしい、僕は彼女に、何度もそう言おうと思った。でも、生来の性格が災いして、僕は言いたいことを言えず、つい我慢してしまう。
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