あの日の忘れ物

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「こちらの冷蔵庫も運びますね。」 引越し業者の30代であろう男性が言った。 「はい。お願いします。」 そう言うと、もう1人の20代前半であろう男性と2人で重い冷蔵庫を運び始めた。 きっと大学生だろう、自分もつい2年前にはやっていたバイトだ。 大変さはよくわかっているつもりである。 バイトの次の日には、全身が筋肉痛によくなったものだ。 冷蔵庫が部屋から出て行った。 ついに、部屋の中から荷物が無くなった。 引越し作業の大きな段階を1つ終えて、達成感を感じる。 「あとは、引越し先の荷物入れだ。頑張ろう。」 一息ついて、冷蔵庫があった場所を見ると、壁際に歯ブラシが1本落ちていた。 半年前に別れを告げられた恋人のものだった。 部屋には洗面台がないため、冷蔵庫の横の流しで、手を洗ったり、口をゆすいだりしていた。 そのため、歯ブラシも流しにあった。 歯ブラシは、100円ショップにあるような小さな立方体の上面から穴をあけた歯ブラシスタンドに立てていた。 別れた後、元恋人の歯ブラシを捨てようとした時に、歯ブラシスタンドから歯ブラシが無くなっていたため、どこかにいってしまったんだなと、特に探しもしなかった。 落ちている歯ブラシを見る。 きっと何かのタイミングで、歯ブラシスタンドから落ちて、冷蔵庫の裏に落ちてしまったのだろう。 別れを告げらるのが突然で、気持ちの整理が追いつかなかった自分は、元恋人に関するものを目に入れないようにしていた。 気持ちの整理もつきそうな頃には、引越しに向けての物件探しや引っ越しの準備で忙しくしていたので、元恋人のことを考えなくなっていった。 久しぶりに、それを目にしたとき、別れた直後のやるせないような気持ちが湧いてきたのを感じた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!