恋より先に

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タチバナクロエは僕の初めての女(ひと)だ。    夏至に近い夏の日の早朝、僕は喫茶『恵風(めぐむかぜ)』に新聞を配達しようとしていた。辺りが明るくなってきていたので、時刻は午前五時近くだっただろう。周りの景色は一面水田が広がっている。鏡のように光る平面のど真ん中に一軒ポツンと存在している小さい森みたいなのが喫茶恵風だ。大きなクスノキが敷地にどかんと一本、生えているので遠目に森のように見える。  僕は配達の後に毎日通っているパチンコのことを考えていた。 「この後、配達所に帰って独身寮に戻り、一眠りしよう。そのあと、パチンコだ。今日はどの店にしよう。新世紀エヴァンゲリオンの台をやりたいな」 などと考えながら顔に風を受けつつカブを走らせ、天気も良くて、いい気分だった。  僕のささやかな楽しみといえば、わずかな貯金を貯めていくこととパチンコだけだ。 それまでは何も変わらない、いつもの日だった。  喫茶恵風の敷地の外にカブを停めて、新聞の束を抱えて建物に近づいた。  そこには僕を待っていたかのように眠れる森の美女がいた。彼女は朝の白い光の中でひときわ輝いている。  色が白い、肌の奇麗な女の子で、髪は栗色のセミロング、黒いレースのワンピースを着ている。年齢は二十歳(はたち)くらいだろうか。最近の若い子は幼く見えるから、もっと年上なのかもしれない。 黒いサンダルがそばに脱ぎ捨ててあって、彼女は喫茶恵風の洋風な玄関ポーチで眠っていた。横向きに寝ていて、若干躰を丸めている。白い足がのびやかに投げ出されていた。 自然と僕の視線は彼女の足から這うように登っていた。視線を誘導されて、僕は彼女のスカートをめくった。白いレースの下着をはいている。  彼女の純白の下着を見た瞬間に、彼女の存在以外のことが一切、脳内から追い出された。  今度は彼女の下着をそうっと脱がせてみた。彼女は目覚めない。 眠ったふりをしているのだろうか。彼女がすでに僕を受け入れてくれているような気がした。 彼女は長いまつげを伏せて、健やかに眠っている。 彼女は僕がこうしているのに気づいていて、そのうえで眠ったふりをしているんだ。そうなのに違いない。  僕は彼女の片足をそっと持ち上げて、性器を見た。彼女の許可は得ているのだから。  それまで女性の性器は、同僚のパソコンに集められている無修正のセクシー動画で外国人女のものしか見たことがなかった。  本物を見たのは初めてだ。本物は体毛も薄くて色も淡く、はかない印象を受けた。 なんて、可憐なんだ。  僕の股間は炭が熾ったように熱くなってしまった。もう、僕を止める理由がない。  僕は美女の下半身を抱え込んで、一息に自分のいきり立つ末端を彼女の狭い入口に押し込んだ。  白雪姫に王子がキスするのとなんら変わらないノリだ。 「いたーああああ!」  彼女が飛び起きた。彼女と僕の目が合った。 その瞬間、彼女は瞬時に状況を理解したようで、 「ゔぇおろろろおおお!」  勢いよく吐いた。  僕は顔面に彼女のゲロの直撃を受け、精神的衝撃で彼女から身を離した。 「ひあー、ひあー、ひゃああー」  彼女は悲鳴を上げながら後ずさりして僕から遠ざかり、よろよろ立ち上がった。 「きひゃー、あひやー、いやーああああ」  彼女はポーチの外に立って、奇声を上げ始めた。あえぐみたいに慟哭している。  どうして? 「どうした!」  喫茶恵風から、黒のエプロンをつけた小太りの男が出て来た。恵風のマスターだろう。 「ク、クロエちゃん? どうした?」  マスターは彼女に声をかけた。僕は尻もちをついた体勢で呆然としていた。 「クロエ? どうしたの?」  喫茶恵風の同じ敷地の民家から、僕と同年代くらいかと思える夫婦がパジャマ姿で出て来た。クロエちゃんの両親だろうか。  僕は彼女の名前が『クロエ』だと知った。 「どうしたの!」  母親がクロエちゃんを抱きしめてなだめようとしている。  クロエちゃんの父親は、 「兄さん、これはどういうこと!?」  と、マスターに訊ねている。マスターはクロエちゃんの伯父さんらしい。 「い、いや、俺も今仕込みをしていて、外の様子は知らなかったんだ」  男二人、マスターと父親は僕を見下ろした。僕の傍(そば)には新聞が散らばって、クロエちゃんの下着が落ちている。僕は血に濡れた性器をさらし、ポカンとしていた。  そのときゲロは手で拭った。ゲロのせいなのかどうか知らないけど、僕の視界の周辺は紗がかかったようになって、僕は現実感が全くなくなっていた。それからは寸劇をみているような心境で全てを見守った。  クロエちゃんの太ももの内側には、血が一筋流れている。クロエちゃんは、母親の腕の中でわんわん泣いている。 「とにかく、クロエちゃんがケガをしているようだから、救急車を呼ぼう」  マスターと父親は喫茶恵風の中に入っていった。  しばらくして話しながら出て来た。 「昨夜、クロエは友達の送別会で出かけていて、友達が家まで送ってくれるそうだから、私たちは先に眠っていたんです。親友のゆりちゃんが大学を辞めるとかで。女の子ばかりの集まりだから、安心していたんです」 「家までは送ってくれたみたいだね」 「帰り着いた安心で、外で眠っちゃったのかもしれない」 「酔ってたのかな」  二人はまた僕を見下ろした。 「それで、こいつが」  僕は男二人に憎悪の視線を向けられて、そのとき少し、 「これは、殴られるかな」  と、いった考えが頭をよぎった。  突然、父親は頭を抱えてしゃがみこんだ。 「あああ、クロエがああああ」  そこに救急車が到着した。  クロエちゃんの両親とクロエちゃんが救急車に乗って病院へ行くようだ。  マスターが携帯電話を渡しながら、 「後で電話して。車で迎えに行くから」  と、車内に声をかけている。  救急車は走り去った。 「もう、××新聞はとらないからな!」  マスターが叫んでいる。僕は自分にかけられた言葉だと理解ができなかった。  そこにパトカーが到着して、僕は捕まった。    それで拘置所みたいなところに入れられたり、取り調べみたいなのを受けたり、いろいろあった。でも、僕はクロエちゃんの性器の外観と中身の感触で頭がいっぱいだった。自分の一番敏感なところで触れた初めての感触は忘れ難かった。そして、苦く酸っぱいゲロの味。  クロエちゃんのおっぱいも見たいなあ。いや、揉みたい、舐めたい、吸いたい。  性器がああいった印象だったから、おっぱいは何となく楽に想像できた。触りたいなあ。どんな感触なんだろう。  頭の中はクロエちゃんのことでいっぱいで、気が付けば、僕にはなんらかの障がいがあるんじゃないかということになり、不起訴だとか示談だとかになり、クロエちゃんの両親にごってり示談金を搾り取られて解放された。  寮母さんが迎えに来てくれたけど、仕事は解雇になり、独身寮も追い出された。  楽しみの貯金もなくなり、所持金は財布に三千円だけになった。持ち物はわずかな着替えの入ったデイパックがひとつ。  とりあえず、その晩は公園に泊ることにした。ベンチは仕切りがあって寝転がれないようになっている。だから木陰の地面の小石を少し取り除いておいてから、そこで横になった。僕はわりとどこでも寝られる質だったようで、すぐ眠りについた。天気が良くてよかった。ここU県は降水量が少ない。  翌日は夜中の二時に目が覚めた。早起きは習慣になっている。夜中の二時に起きる生活をもう三十年近く続けてきていた訳だから。 近くのコンビニに入って、店内のごみ箱を漁った。店長みたいな中年の男が来て、追い出された。  腹が減った。  僕は空腹を抑えて、ふらふらとクロエちゃんの家(つまり喫茶恵風)まで歩いて行った。蛾が誘蛾灯に誘われるようなものだ。  クロエちゃんのおっぱいを見るためには、お風呂を覗かなければならない。  それが僕の今後の目標という訳ではないけれど、それ以外考えることができなかった。他に考えなければいけないことは、山ほどあった。けれども、思考が停止していた。クロエちゃんに僕の全てをからめとられてしまった。  僕はクロエちゃんの家の傍(そば)の田んぼの用水路に入って目だけ出して、クロエちゃんの家を観察した。ちょうど僕の背丈ほどの深さの用水路だ。水路の中は少し水が流れていて、底に藻が生え、ヌルヌルしている。水はわりと奇麗だ。良かった。僕の黒のスニーカーはびしょびしょになった。道の端の植え込みの陰になって、頭もいい具合に隠れることができる。朝日が昇ってきた。  辺りが結構明るくなった。何時間経ったのだろう。日の高さの感じから、午前八時くらいだろうか。  クロエちゃんの家の二階を見ると、ピンクのカーテンの窓が見えた。クロエちゃんの部屋なのだろう。クロエちゃんは多分一人っ子だ。あの部屋でクロエちゃんは着替えたり、眠ったりしているんだ、多分。  そうやって見ていると、ものすごく美形の青年が一人、クロエちゃんの家に歩いてやって来た。  スリムで手足が長く、背が高くて、頭が小さい。顔もマンガの登場人物みたいに整っている。男の子だということはわかるけど、女の子みたいに可愛い。栗色の長髪を後ろでひとつにまとめている。ゴムではなく、ポロの刺繡の入ったリボンでまとめている。服装は白いシャツに黒いパンツだ。このうえなくシンプルな服装なのにびっくりするほど美しい。自分にとても自信があるのだろう。  新世紀エヴァンゲリオンがもし実写化されたら、『渚カヲル君』の役は彼が演(や)ればいいと思った。『綾波レイ』の役は、やっぱりクロエちゃんだろうか。  そこにクロエちゃんがやっと出て来た。父親と母親と一緒に家から出て来て、カヲル君と一緒にどこかへ行くようだ。  クロエちゃんは、スタンダードの綾波レイみたいに髪を短くカットしていた。薄い水色のパーカーにチノパン、水色のスニーカーでキャップをかぶっている。とても厚着だし、前と一転してボーイッシュな服装になっている。  両親に見送られて、クロエちゃんはカヲル君と一緒に歩いて行く。カヲル君の細い胴体にコアラみたいに両腕を回して、抱き着いたまま二人で歩いて行く。カヲルくんはクロエちゃんに左側から抱き着かれているので、左の手をクロエちゃんの左肩に軽く置いている。  僕は二人を尾行することにした。 水路は田んぼ側の壁が低くなっているので、すぐに出ることができた。僕は時間をおいて水路から出て、遠くに見える二人を追って行った。スニーカーが濡れて重い。変な足音をさせて歩かなければならなかった。  カヲル君は、クロエちゃんの彼氏なのだろうか。    二人は私鉄の駅から電車に乗った。多分、街へ行くのだろう。僕は二人の乗った車両の隣の車両に乗って、二人を観察した。  街に着くと二人は降りて、私鉄の向かいのJR線の駅からまた電車に乗った。そして、二三駅先でまた降りた。  僕は運賃を精算しながら、二人を見失わないように必死だった。  でも、二人は変な態勢でゆっくり歩いているから、すぐに追いつくことができた。それに二人は極めて美しいから、すぐ見つけることができる。目立つ二人だった。  二人は国立大学(U大学)の教育学部キャンパスに入って行った。  クロエちゃんは大学生だったっけ。  僕は、大学の構内に入るのが初めてだった。二人を追って構内に入った。びくびくしたけど、別に僕にとがめだてする人もいなかった。  僕の母親は、僕が小学校にあがる前に蒸発した。祖母がこぼしていたが、母は男と駆け落ちしたそうだ。その後、四人の祖父母も相次いで亡くなって、僕が高校二年の夏、父が突然死した。会社で「心臓が痛い」と言って倒れ、そのまま帰らぬ人になった。  僕は高校を辞めなくてはならず、独身寮に入って、それからずっと新聞配達の仕事をしてきた。楽しみはパチンコだけ。  大学には行きたかった。父が亡くなるまではよく読書をしていたので、高校生のときはいずれ文学部に進学するつもりだった。  ここが大学なのか。  二人は鉄筋コンクリート三階建ての白い建物の中に入って行った。  追っていくと、二人は建物の二階にあがり、とある部屋に入っていく。僕はドアからこっそり二人の入った部屋を覗いた。  そこは大講義室だった。階段教室になっていて、多くの学生が集まっている。  これから授業を受けるのだろう。  このまま、前のドアから僕が入っていったら、学生たちのさらし者になるだろう。二人にも気づかれてしまう。  大講義室の後ろにもドアがあるのが見えた。  僕は一階におりて、別の階段から二階へあがった。大講義室の後ろのドアから、大講義室に侵入した。  学生たちの後ろから入ったので、僕に気づく人はいなかった。教師はまだ来ていないようで、学生たちが銘々のグループで席に着き、談笑している。 「クロエがさぁ」  クロエちゃんの名前が聞こえたので、見ると大講義室の後ろの方に横に並んで座っている女子が三人、会話をしている。  クロエちゃんとカヲル君は大講義室の真ん中辺りの席に着いている。クロエちゃんはやっぱりカヲル君にしがみついたままだ。 「病んでるよね、クロエ」 「彼氏がモテるから、病んでるんだよ、きっと。苦労が絶えないんだよ。可哀そう」 「オージは見てくれがいいけど、わりと人でなしだからな」 「どう、人でなしなの?」 「まあ、そのうちわかるよ。つまりメンヘラ製造機みたいなものなのよ。付き合った女はみんな病んじゃうの」 「フジイが言ってたの?」 「そうなんだけど」 「ルカはフジイと付き合わないの?」 「フジイ、結構ガードが固くて」 「フジイって、ヒヅメが好きだとかって、噂で聞いたよ」 「知ってる」 「なんで、ヒヅメ? デブスじゃね?」  女子たちはギャルみたいに話しているけど、わりと真面目そうだ。ロングヘアの子とセミロングの子とショートカットの子が三人で、三人とも明るい髪色にしている。この学校の中では三人はギャルのカーストなのだろう。ロングヘアの子は『ルカ』と呼ばれていて、三人の中ではボスらしい。三人の真ん中に座っている。セミロングとショートカットの子は両側から終始、ルカの機嫌をとっている。 ルカが『オージ』と言ったのは、カヲル君の名前らしい。漢字を当てはめると『王子』なのかと一瞬思ったけど、そんなわけもなく、多分カヲル君は『大路』という苗字なのだろう。  オージは人でなし、なのか。どう人でなしなのだろう。  僕は三人の女子の話をさらに詳しく聞こうと思って、三人の後ろの席に座った。  ボスのルカは、受け口だった。顔が大きくてあまり可愛くはない。さらに言えば、意地悪そうだ。もっと余計なことを言えば、ルカは本当にアラハタなのだろうか。見かけが老けている。ここに入学するまでに何浪かしているのではないか。僕は心の中で、ルカに『受け口のルカ』と名付けた。僕はこっそり、ルカにウケた。つまり、キャラ立ちしているので気に入ったということだ。  ショートカットの子が鼻をくんくんさせて、ちらっとこっちを見た。そして、後の二人にこしょこしょと耳打ちした。三人は静かに前の方の席に移って行った。  僕は「まずい」と思って、講義室の後ろのドアから外に出た。  自分は臭うのだろうか。危なかった。  何がバレると言う訳でもないけど、クロエちゃんに気づかれて騒がれるとまずい。  僕は逃げるように大学を後にした。    腹が減った。 公園があって、公園の前がコンビニだった。今晩はこの公園で寝よう。というか、何だか疲れていて、すぐ眠った。  気がつくとすっかり日が暮れていた。今、何時だろう。腹が減った。公園で水をがぶ飲みしたけれど空腹はおさまらず、またコンビニに入った。  さあ、ごみ箱を漁ろうとしたそのとき肩をたたかれて、振り向くとバイトらしきじいさんが弁当を三つくれた。 「これ、賞味期限が切れて廃棄処分する弁当だから、あげるよ」  僕は意味がわからずぽかんとした。 「あんた、若いんだから、頑張れよ」 「うす」  僕は慌ててコンビニを出た。  もう、あのコンビニには行けない。  これから、どうしよう。  公園の花壇のへりに座って、弁当を食べながら今後のことを考えた。  これから、働いてお金を稼いでいかなければ、ならない。逮捕歴がついたから、土木とか建築現場なんかの重労働の仕事しかないだろう。もう四十五歳にもなるから、技能の習得は無理だ。だったら、交通整備員なんかしかできない。炎天下、脱水症状になりながら真っ黒に日焼けして、仕事をするわけだ。  うんざりした。  でも、新聞配達しかしたことがない自分にはもう道がない。  お金を貯めて、高卒認定試験とか大検とか、受ければ良かったんだ。なんで今までぼんやり生きていたんだろう。 「お兄さん、いっぱい食べるんだね」  急に声をかけられた。見ると僕の横にいつの間にか、全体的にチャラい感じの男がいた。人懐っこい笑顔をしている。白いTシャツの上に半袖の黒っぽいグレーのシャツをはおり、生成り色の綿パンをはいている。足元は白のスニーカーで髪は茶髪。年齢は二十代前半といったところだろうか。  第一印象で、 「こいつ、モテるな」  と、感じた。少しむしゃくしゃした。だから、素っ気なく接することにした。 「腹減ってるから、っす」 「ビール飲む?」  ロング缶のビールをくれた。 「ありがと、っす」  ビールは冷えていて旨かった。チャラい男はどんどん僕の懐に入って来る。こいつ、デキるな、と感じた。 「お兄さんってさ、ホームレス?」 「うす」 「ウチ来る?」 「は?」 「僕、一戸建てに一人で暮らしてるんだ。居候の男が一人いるけどね。そいつも僕が拾ったんだ。どうせなら大勢で暮らした方が楽しいじゃない。だから、お兄さんがウチに来ても構わないよ」 「うす」  促されるまま、チャラい男について行った。  男の一戸建ては、かなり古い木造の家だった。玄関はサザエさん家みたいな引き戸で、鍵は常にかけていないようだ。古い家だけど、中はきちんと片付いていて掃除も行き届いている。 「ガイがリフォーム費用出してくれて、お風呂を改装したんだ。ガイっていうのは居候のことなんだけど。僕はヒロキ、よろしくね。お兄さんの名前はなんていうの」 「よしお、っす」 「よっちゃんか。よろしくね」 「うす」  ヒロキはすぐ風呂を沸かしてくれた。 「よっちゃん、風呂入りなよ」 「うす」  古い家に風呂だけが新しかった。脱衣場は狭くて、何も置いていない。 「家が古くて、昔風の二層式の洗濯機しか置くスペースがないんだ。だから、ウチに洗濯機はないよ。着替えは風呂で手洗いしてね。外に物干し場はあるから、良かったらそこを使ってね。もしくはコインランドリー利用でね、ということで」 「うす」  言われるまま風呂に入り、着ていたものを洗濯して、外に干した。 「よっちゃんの部屋はここでいい?」  客間みたいな和室をくれた。この部屋には仏壇がある。隣の部屋とはふすまで仕切られている。隣の部屋はヒロキの両親の部屋だったらしい。隣の部屋を覗くと、がらんとしていた。隣も空っぽの和室だった。 「仏壇があるけど、気にしないでね」 「うす」  僕は別に構わない。僕のデイパックには繰り出し式の位牌が入っている。父さんと祖父母の位牌だ。ここの仏壇に置かせてもらうのは非常識だろうから、デイパックに入れたままにすることにした。 「この部屋は姪っ子の部屋だったんだけど、義理の兄のところに行っちゃったから空いてるんだ」  奇麗に使われていたようで、畳は日に焼けているけれど小ざっぱりした部屋だった。 「うす。十分っす」 「布団もあるから」  分厚い良い布団を敷いてくれた。客用だろうか。 「バスタオルを体にかけたらいいから。ウチ、冬は物凄く寒いけど、夏は涼しくて快適だよ」 「ありがと、っす」  そのとき玄関の引き戸が開いて、高身長でイケメンの外国人の男が入って来た。髪は亜麻色をしている。年齢は二十代中ごろくらいだろうか。外国人は大人びて見えるから本当はもっと若いのかもしれない。パリッとしたスタイリッシュな黒のスーツを着ている。こいつ、お水だな、と思った。 「ヒロちゃん、誰?」  外国人がヒロキに訊ねた。 「よっちゃんだよ。拾ったの」  ヒロキは僕の方を向いて外国人を紹介してくれた。 「これが居候のガイだよ。イタリア系のハーフなんだ。ホストをしてるんだよ」 「よろしく。よっちゃん」  ガイは見れば見るほどいい男だった。イタリア系か、モテること間違いなし、だな。ちなみにヒロキもチャラいけど美形だ。ここ最近、見てくれのいい男ばかり見かける。最近の若者は小奇麗だ。ちょっと中性化しているようにも思えるけど。恋愛のスキルは高いのだろうか。たぶん高いんだろうな。  ガイがコンビニでいろいろ買ってきたので、コンビニお惣菜を並べて宴会することになった。一階にあるヒロキの畳敷きの部屋(たぶん居間)の床に直にお惣菜を置いて、三人で車座になった。  ガイの部屋は二階らしい。元はヒロキのお姉さんの部屋だったそうだ。 「二階と言えば、ウチには変なのがいるから、気をつけてね。二階の元僕の部屋だった部屋にそいつが潜んでるんだ。今は布団部屋だけど」 「変なの、っすか」 「そいつは『インキュバス』なんだよ。日本語だと『夢魔』って言うんだ。夢魔の雌だね。雄は『サキュバス』っていう。あれ? 逆だったかな」 「どっちでもいいけど、それはヒロちゃんのところにしか来ないよ。俺、会ったことないもん」 「何、っす?」 「お化けだよ。寝てると襲ってくるの。いやらしい夢を見せるんだ。そして精気を吸いとるんだよ。はっきり言うと、朝にパンツを洗わないといけなくなる。困るんだよね」 「よっちゃん、気にしなくていいよ。君のところには出ないから」 「そう、っすか」 「出てからじゃ遅いよ~?」 「よっちゃんが気にして眠れなくなるかもよ」 「平気、っす」  このヒロキは少しおかしい。人懐っこすぎるし、異常にいい奴だ。実は頭がおかしいのかもしれない。 「よっちゃんはどうしてホームレスになったの?」 「警察に捕まって、っす」 「よっちゃん、何やったの?」  ガイが訊ねてきた。 「婦女暴行、っす」  ヒロキが訊いてきた。 「女の子を殴ったりしたの?」 「いや……、強制性交……っす」  ガイとヒロキが顔を見合わせた。  警察がそう言ったから、そういった言葉を遣っただけで、僕には強制性交だという認識はない。ああいったハプニングから始まった運命の恋だと思う。強制性交と言うのは不本意だ。でも第三者には、説明のしようがない。 「ヒロちゃん、この人はさすがにまずくない? 何でも拾ってくるの、やばいよ」 「いやー、よっちゃんは、女性経験が乏しいんじゃないかな? だから、いきなりそんな色々すっ飛ばしたことしちゃうんだよ、ね?」 「そうかもしれない、っす」 「そうだ、よっちゃん、ホストをやればいいよ。ガイに紹介してもらったら?」  ヒロキが提案してきた。 「女性にもっと関わったらいいんだよ。人生勉強になるよ。そしたら、もう、そんな突飛なことしなくなるよ。どうかな? ガイ」 「ふむ。よっちゃんは痩せすぎみたいだけど、デブよりは痩せてる方がスーツ着たときに見栄えがいいし、後はヒゲ剃って、髪型を整えれば結構いけるんじゃないかな」 「よし。今すぐ、やろう」  ヒロキがヒゲソリを貸してくれたので、洗面所でヒゲを当たった。 髪はヒロキがカットしてくれた。宴会のビールやお惣菜をどけて、新聞紙を敷いた上に座るとヒロキが子どもの工作用みたいなハサミを持ってきた。髪を指で少しつまんで、目分量で元の方をハサミでちょこっと切る。そんな切り方なのになかなか上手にカットしていく。全体的な形がお洒落な感じになっていった。つまんだ髪はガイの持ってきたくず入れに捨てる。くず入れにはスーパーのビニール袋が敷いてあった。 「ヒロちゃん、髪切るの上手だね。ヒロちゃんにそんな特技があるのを知らなかったよ」  ガイが感心している。 「一応、美大出身だからね」  それは散髪と何か関係あるのだろうか。 「髪は自分で切ってるし」  ヒロキは楽しそうだ。こいつはいつでも楽しいのだろうけれど。 「ヒロキは美大……、大学出てるっすか?」 「こう見えて、意外だろうけど出てるよ」 「大学……」 「よっちゃんは、高卒?」 「中卒、っす」 「大学行きたいの?」 「行きたい、っす」 「じゃあ、ホストやって、お金が貯まったら、大学目指せばいいんじゃない?」 「うす」 「今後の目標が決まったね。じゃあ、よっちゃんは明日、ガイと一緒にホストクラブに面接ね。夜七時出発、ということで」  その晩はそれで床に就いた。でも、眠れない。ヒロキの部屋に行った。 「ヒロキ」 「どうしたの? よっちゃん」  ヒロキも布団に横になっていた。 「寝れない、っす」 「じっとしてたら眠れるよ」 「ウチは父子家庭だった、っす」 「そうなの」 「母さんが出て行って」 「ウチも」 「え? ヒロキのところも?」 「ウチは逆だよ。父さんと母さんが駆け落ちして、ここに来たんだ。姉さんと僕は父親が違うんだよ。でも、父さんも母さんも姉さんも事故でいっぺんに死んじゃった。姪っ子は生き残ったけど、姉さんの元旦那に引き取られて、僕だけがここに残ったんだ」 「うす」  なんだかヒロキの話を聞いていると気持ちが落ち着いてきた。 「よっちゃんも僕もガイもひとりぼっち同士だから、同じだよ」 「うす」 「おやすみ」 「おやすみ、っす」  また、床に就いた。そうしたら、おばあちゃんの家に来ているような気分になった。  眠れた。インキュバスは来なかった。  翌日は夕方の五時まで眠っていた。床に就いたのが明け方だったからだ。  ヒロキは仕事に行っていて、居なかった。 ガイが言うにはヒロキは広告会社でスーパーのチラシを作る仕事をしているらしい。  昨夜ガイが買ってきたお総菜の残りで何ご飯かわからない食事をして、ガイとホストクラブに向かった。ガイが黒のスーツを貸してくれた。ぶかぶかだ。  ガイと繁華街へ向かった。ガイの後をついて行くとガイは繁華街の路地裏に入って行った。路地裏にある緑色のネオンが輝く黒っぽくて四角い建物がホストクラブ『詠斗』だった。竹の犬やらいがあったり、棕櫚(しゅろ)が植えられていてライトアップされていたりで、洋風の料亭みたいな和洋折衷の外観をしている。ガイは建物の裏にある通用口から入って行く。一緒に入った。 ガイはバックヤードに居たオーナーの『おやっさん』を僕に紹介してくれた。おやっさんは白髪のオールバックで、黒のスーツをビシッと着たイケオジだ。バックヤードで、おやっさんと面談になった。 バックヤードは芸能人の控室みたいだった。三面の鏡がある壁で三人同時にメイク直しができるようになっている。鏡の向かいに六畳くらいの座敷もあり、テレビもあり、お湯を沸かすポットもあり、ちゃぶ台に座布団もある。住もうと思ったら、ここに住めそうだ。 ちゃぶ台に向かい合って面接した。 「君は見たところ真面目そうだね」 「うす」 「じゃあ、早速、ガイ君のヘルプについてもらおうかな」 「え?」 「まずやってみた方が早い。丁度、ガイ君の指名が入ったしね。体験入店ということでね。まず、実地。いいね?」 「う、うす」 「源氏名は『レン』にしよう。清廉潔白の『廉』だ。いいね?」 「う、うす」  ガイが前もって、僕のことを説明してあったのかと思った。でも、様子をうかがっているとそういうことではないらしく、少しホッとした。  おやっさんがガイのいるテーブルに案内してくれた。 「お客様、体験入店の新人をヘルプにつけますがよろしいですか」 「いいわよ」 「名前はレンといいます。よろしくお願い致します」  おやっさんは僕の方を向いて言った。 「じゃあ、レン、頑張って、ね」  僕はガイの向かいのソファーに座った。 「ルカちゃん、レンは僕の新しい同居人なんだよ。ヒロちゃんが拾って来てさ」 「そうなんだ」 「う、受け口!」  僕は思わず叫んでしまった。ガイを指名した客は『受け口のルカ』だった。 「ああ?」  ルカがいっぺんで不機嫌になった。しまった。焦った。 「ルカちゃん。俺、レンとバックヤードでついさっきまで話しててさ。受け口の美女がいたじゃない、フィギュアスケートでさ。なんて言ったっけ、あの人。受け口の女って、いい女だよな、って今まさに話してたばかりでさ」 「そうなんだ」 「ついさっきのことだから、レンが思わず言っちゃって。いい女だって意味のつもりなんだ。ごめんね。気を悪くしないで」 苦し紛れにガイがフォローしてくれた。 「レンって馬鹿なんだね。もしくはマヌケ」  ルカは機嫌が直らない。 「いい奴なんだけど、ね」 「ヒロキ、また変なの拾ったね」 「警戒心がないんだよね。でも、ヒロちゃんは嗅覚が確かだから大丈夫」 「ヒロキを守ってあげなよ、ガイ」 「うん」 「ヒロキとは上手くいきそうなの?」 「うーん。キスしたり、ハグしたりすると、笑い飛ばされるんだよね」 「ガードが固いんだね」 「ヒロちゃん、奥さんいるしね」 「ええ?」  また、僕は叫んでしまった。 「ヒロちゃんは結婚してるんだよ、レン。今は別居してるだけ」  意味がわからない。 「ガイはゲイなのよ」  ルカが教えてくれた。ええ? それで何故ホストをやってるんだ? 「うちら、友達だもんね。ガイにしか話せないことあるし」 「同士だもんねえ」 「ヒロキ、奥さんとどうなの」 「俺が見たところ、お互い素直じゃないだけで、本当はラブラブなんだと思うよ」 「隙(すき)はないんだ?」 「ないんだよねえ、これが」  僕はいつの間にか、全身にベタベタする変な汗をかいていた。ルカに何がバレるというものでもないけど、講義室にいた不審な奴だと気づかれたらどうしようと思っていた。 「げ。レンがすげー汗。キモ!」  ルカが僕の汗に気づいた。まずい。ますます汗が流れた。 「レン、緊張しすぎたかな。裏に戻って、おやっさんに冷たい水でも飲ませてもらいなよ。もう、帰ってもいいから」 「う、うす」  僕はルカに完全に嫌われたようだ。  去り際にチラッと様子をうかがうと、ガイは、 「ルカちゃん、ネイル新しいね。可愛い」  などと話題を変えたようだった。 僕はバックヤードに戻って、やっと安心した。  おやっさんは、 「開口一番、お客さんの身体的特徴を言うのは良くないね」  と言った。これは不採用だな。 「ま、いいよ。やってみようと思うなら、明日また夜七時に来て」  え? 「うちはこの通り、アッパーな曲をかけている訳でもない、シャンパンコールもシャンパンタワーもない。都会のホストクラブとは、やり方が違うんだ。ラウンジを見てごらん」  僕はバックヤードからこっそりラウンジを見渡した。ラウンジの全体的な印象は昭和テイストのスナックみたいだった。説明が難しいのだけど、お洒落なんだけど懐かしさもあるといった雰囲気だ。この店の雰囲気はおやっさんの趣味が反映されているのだろうか。 たしかに店内は静かな曲が流れている。さっきは気づかなかった。そんな余裕がなかったからだ。バックヤードの安全圏にいるとやたら落ち着いて観察できた。 最近は女性用風俗の店がバーをやっていると聞いたことがある。そのバーがここと似たやり方をしていると聞いたような気がする。これは古いようで最新のホストクラブ経営の方法なのかもしれない。後で風俗もやれ、と言われたらどうしよう。 まじまじと他のホストも観察した。色んなホストがいる。デブのホストもいるし、みんなあまり恰好良くはない。はっきり言ってガイが一番いい男だ。 「ガイがナンバーワンなんすか」 「いや、うちは順位をつけないよ。基本的に指名もなし。追加料金で指名できるようにはしているけどね。裏でお茶を引いている子もいないだろう」 「うす」 「ホストが苦手なら、ボーイみたいなことをやってもらってもいいから。ここは女性にくつろいでもらうための社交場なんだよ」 「すごい、っすね」 「もし酒が飲めなかったら、ダイエットコーラを飲んでいてもいい。バックヤードに酔いつぶれたホストが累々のびているような営業はやらない。うちはこんな感じだから、君もやれるよ。明日、来てくれたら研修してあげるよ」 「うす」 「じゃあ、これ」  おやっさんは封筒をくれた。中を見ると、五千円札が一枚入っている。 「今日のバイト代、ね」 「あ、ありがとう、っす」  僕は逃げるようにヒロキの家に戻った。帰ってすぐ風呂に入って、寝た。 また夜中の二時に目が覚めた。ガイはまだ帰っていないようだ。ヒロキの部屋に行くとヒロキは居てぐっすり眠っている。  僕はヒロキの家を出た。歩きに歩いて、クロエちゃんの家まで行った。  空が白んでいる。朝六時くらいだろうか。  水路に入って、またクロエちゃんの家の張り込みをした。  クロエちゃんの部屋の窓には水色のカーテンがかかっている。カーテンを替えたのか。  それから、ずっとクロエちゃんの家を見守っていた。  朝の八時頃になっても、オージが来なかった。クロエちゃんの父親も母親も姿を見せない。  そのうち朝の仕事を終えた農家の人たちが集まってきた。喫茶恵風はそういった人たちを相手に商売しているようだ。仕事を終えた農家の人がモーニングを食べに来て、近所の人同士で交流するのだろう。クロエちゃんの父親も母親も勤めに出ていないようだから、マスターと三人で喫茶店を切り盛りしているのだろう。  僕が婿養子に入って、クロエちゃんと五人で喫茶店をやればいい。  僕はいつの間にか夢想していた。  午後一時くらいまで、観察していた。クロエちゃんが姿を現さない。  僕は水路を出て、U大学に向かった。    大学の構内に入って行くと、大学生協の前の広場でオージを見かけた。オージはさえない女の子と手をつないで、楽しそうに話しながら去って行った。 女の子はぽっちゃりしていた。顔も醜くはないけど、平安美人だ。詳しく言うと、目は一重で小さく細い、色白でうりざね顔、鼻筋は通っているけど鼻が全体的に大きい、唇はぽってりと赤い、顔に化粧っけはなく、眉毛も整えていない、髪は真っ黒でセミロングだが天然パーマなのか毛先が跳ねている、服装はTシャツにパンツでスニーカーだ。何となく彼女にも名づけたくなった。『末摘花ちゃん』だと長いので、『納言ちゃん』にした。  ところで、クロエちゃんは、どうなったんだ?  僕は大講義室に行った。中を見ると大講義室には誰もいなかった。  廊下に出ると、『受け口のルカ』の声が聞こえた。三人のかしまし娘で話をしているようだ。恐る恐る声の方へ近づいて行った。  三人は階段の下の出口にある喫煙所でタバコを吸っていた。  僕は階段をそろりと下りて行って、一階と二階の間の踊り場あたりに身を隠して、三人の話を盗み聞いた。 「聞いた? クロエ、汚いオヤジにレイプされたらしいよ」 「誰に聞いたの?」 「フジイ。オージが漏らしたみたい」 「オージ、そんなこと言いふらしてるの?」 「言いふらしてる訳じゃないみたいだけど、クロエと別れた理由を訊かれたら簡単に話しちゃうみたいよ。しかも『可愛い子はつまらない』とか言ってるらしい」 「何様のつもりだ?」 「本当に人でなしだね」 「オージは顔がいいけど、心がないから」 「それで、クロエが休んでるのか」 「学校中が知っちゃったからね。うちの大学でクロエは有名人だし。」 「クロエ、学校、辞めるのかね」 「オージってさ、超潔癖症でキスすら、しないんだってよ」 「じゃあ、クロエは処女だったの」 「初めての相手が汚いオヤジとかって、キツイね」 「オージはヒヅメと付き合い始めたじゃない」 「デブスなのに何でヒヅメがモテるのかね」 「デブスはつまらなくないのかね。つまるところ、つまるのかね」 「ならオージはヒヅメともキスすらしてないんじゃね」 「それなら、ただのお友達じゃね」 「フジイがフリーだから、ルカが行けば?」 「クロエ、リスカしてるみたい」 「死ぬんじゃね」 「大体、処女なんて重いし、サッサと適当に切れて良かったんじゃね? どっかで切らなきゃいけないものじゃない」 「好きな相手に捧げたって、後でそいつのこと嫌いになって別れたら同じことだしね」 「でも、汚いオヤジはキツイよ」 「汚いオヤジなんて童貞だろうし、ソイツ、間違えて肛門犯したんじゃね」 「肛門ならセーフだろうけど、クロエがショック受けすぎだから、やっぱ命中してるんじゃね」 「中出しされなかったら、セーフ?」 「じゃあ、中出しされてたら?」 「処女だったら、入れられただけでアウトじゃね。処女膜破られるじゃん」 「どっちにしろ汚いオヤジは嫌だよね」  ルカたちの話をまとめると、ルカはフジイが好き、フジイはヒヅメが好き、ヒヅメは多分オージが好き(ヒヅメというのは多分納言ちゃんのことだろう。ルカの友達は『デブス』と言うが、ルカよりはだいぶ可愛いほうではないか、と納言ちゃんの顔面偏差値を僕は評価した。)、フジイとオージは友達、オージはクロエちゃんと別れて、ヒヅメと付き合っている。 (フジイって男はどんな奴なんだろう。顔を拝みたい。オージを尾行しようかな。これはただの好奇心だけれども) オージは友達の好きな人と付き合っている訳だ。オージは本当にヒヅメが好きなのだろうか。どうも、フジイがヒヅメを好きだから、わざと当てつけに付き合っているような気がしてならない。フジイがヒヅメのことが好きだから、オージはヒヅメに興味がわいたんじゃないか。それならなるほど、オージは人でなしかもしれない。ルカの話しっぷりから、どんどん想像が広がった。 でも待てよ、なら、ルカとフジイがくっついて、オージとヒヅメがくっつけば、クロエちゃんはフリーだ。クロエちゃんは僕のものになる。  僕は大学を後にして、クロエちゃんの家に急いで行った。  日が暮れた。  多分、夜の七時頃だろう。クロエちゃんの部屋の窓には電気が点らなかった。  クロエちゃんの家は静まり返っている。  僕はクロエちゃんの家の横に立って、ロミオみたいな気分だった。  七時に来て、と言ったおやっさんの言葉はすっかり忘れ去っていた。これで、多分、不採用になるだろう。  僕は自分のことで夢中だった。クロエちゃんは自分と運命の赤い糸で結ばれている。クロエちゃんを救えるのは、僕しかいない。オージは人でなしだから、クロエちゃんに相応(ふさわ)しくない。  僕はクロエちゃんの部屋の窓の水色のカーテンを見つめながら、次の作戦を考えることにした。
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