エイプリルフールの喫茶店

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 教室で読書中の私の頭を撫でてくる大きな手。見上げると侑平だった。180㎝近い大きな身体が、視界にインして無視出来る訳ない。それに、幼い頃から助けてくれる私の味方だし。 「根羽さん」 「駒津君、何の用ですか」  学校にいる時は、お互い周囲を気にして、なぜか苗字プラスと君で呼び合う。学校でだって侑平って呼びたい。私も鈴音(りんね)って 呼ばれたい。 「あの、一緒に行ってほしい場所があって」  そこでチャイム。侑平が慌てて自分の教室へ戻る姿を見ながら、「もっと早く来てよ。場所が気になって仕方ない」と、心の中で呟いた。今日は午前中だけの春季講座。  教室を出たら、侑平が廊下で待っていた。昇降口を出るとすぐに、侑平がニコニコして私を見た。 「面白い喫茶店の話し聞いたから、一緒に行ってほしくて。そこで昼飯どうかな」  昼飯? 校門を出た所で家に電話。侑平と一緒だよと言うと、秒でオッケーが出た。 「何か用があったならゴメン」 「あったら来ない。次にするよ」  侑平が、赤信号を見つめながら言った。 「それがさ、今日限定。しかもランチ時間限定だってさ。  えー、そんな話どこから。私は横断歩道を渡りながら訊いた。 「どこでその話聞いたの」 「朝の電車乗っている時」  それって本当なの? 信憑性あるの? 疑い出したらキリがないけれど不安でいっぱい。 「場所も聞いたの」  まさか知らないなんて事ないよね。いったいどこのランチなの? おなか鳴っちゃった。 「桜瀬公園(おうせこうえん)の中だって。出てるよ大丈夫」  スマホを私に手渡す。こじんまりとした木造の喫茶店だった。何で私、知らないのかな。意外に情報通なのにな。  桜瀬公園って、この辺りじゃかなり広い公園なんだけれど。まぁスマホで位置確認したから大丈夫でしょう。  学校から20分ぐらい歩いて、ようやく喫茶店に到着。スマホを見た時もエッって思ったけれど、店の名前が昔話って何だろう。マスターでも、日本昔話が好きだとか?  ランチは14時まで。席に着く前にアンケートを渡された。その前に驚いたのは、店員が昔話の登場人物の帽子をかぶっている事だった。アンケートを渡してくれた店員は、金太郎の帽子をかぶっていた。熊に(またが)っていて、その熊がリアルすぎて視線を戻した。  アンケートには、昔話で好きな登場人物を教えて下さいと、と1番上に書かれていた。  侑平は桃太郎と書いた。 「保育園の発表会で、桃太郎やったから」  そうなんだ。私はかぐや姫を選んだ。小さくて大人になって美しくなった姫。 「モテたいのか」 「違うよ、何言ってんの」  先ほどの金太郎店員にアンケートを戻す。しばらくして席に案内された。  その時に侑平は、桃太郎の絵入りの帽子と、桃太郎専用メニューと書いてあるメニュー表を渡された。私にはかぐや姫の絵入りの帽子と、かぐや姫と書かれた専用メニュー表が渡された。 「タッチパネルで御注文下さい。本日のランチ限定企画です。どうぞお楽しみ下さい」  そこそこお客は入っている。私はキョロキョロと周囲を見渡す。 「鈴音、早くメニュー選べ。俺が押してやるから」  慌ててメニュー表を開く。かぐや姫限定メニューには、竹を使用した器に入ってくるらしい。ランチだし、竹炭・(たけのこ)パスタと、デザートに筍粉末入りバニラアイスを注文。侑平は桃のせピザと桃のケーキを注文。  侑平がピザを分けてくれようとするから私は止めた。 「えっ何で。美味しいから食べりゃいいのに」  私は黙って、メニュー表の真ん中の注意書きを指さす。 【違う物語のメニューを、一口でも食べてしまうと、店内のお客様の御迷惑になりますのでお止め下さい】  小声で侑平に読んで聴かせた。侑平は頷いてピザを口に入れた。何で違う物語メニューを食べたらいけないのだろう。お客様の御迷惑とはいったい何なのだろう。  侑平が桃のケーキを半分くらい食べ終えて、私がバニラアイスを食べようとした、その瞬間だった。  ホイッスルが店内に響き、奥から店員が何人か出て来た。暗闇となった店内で、私と侑平はデザート完食。  店内に注意書きを無視したお客様がいます、とアナウンスが入った。しばらくして、照明が元通り。店内にホッとした雰囲気が広まる中、またアナウンスが。 「本日は御来店ありがとうございます。当店の恒例エイプリルフール企画に御参加いただき誠にありがとうございます」  えっ、エイプリール企画で? こんな事を? 本当に注意書きを無視したお客がいたのかいないのか。 「エイプリルフールの嘘は、午前中までとの事ですが、営業時間は11時30分から14時までなので大丈夫です。店内で許せる嘘をどうぞ」  どうぞって言われても。軽く笑いが漏れている店内を出たら、侑平が私を笑いながら見て言った。 「来年も来ような。2人で来ような。来年の4月1日、予定入れるなよ」 「うん、またエイプリルフール企画に参加しようね」  翌日の帰り、こっそり喫茶店を見ていた私は声をかけられた。ギクッとして振り向くと侑平がいた。通常営業の戻っていた喫茶店に入り、2人でパフェを食べた。                   (了)  
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