最後の魔法

1/7
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 透き通った空の青は山の端近くで優しいオレンジと溶け合い、幻想的なグラデーションを作り出す。まだかなり肌寒い初春の風の中、カラスが二羽、じゃれ合いながら家へと帰って行く。  今日という日の終わりが近いことを知らせる、美しい夕暮れの光景。  一方で、沈みかけの太陽はまた校舎裏にのっぺりとした巨大な陰をも生み出していた。後ろめたいどっかの誰かさんを匿うように、暗く。 「え……松木くん?」  そんな天然の隠れ蓑の中、俺は不運にも、クラスメイトの雨宮薫に見つかった。 「何してるの」  雨宮の掠れ声が辛うじて俺の耳に届く。  夕暮れ時の校舎裏。男女が二人きり。はたから見れば絶賛青春中!というふうにでも映るのかもしれない。  ただ一つ、俺の右手の指の間に火のついたタバコさえ燻っていなければ。 「それ、吸ってたの?」  校舎を挟んだ反対側、グラウンドから響く運動部の掛け声がやたら遠くに聞こえる。雨宮の整った顔の眉間に小さな皺が寄るのが、スローモーションに見える。  あぁ、もう。学級委員長である彼女がこれから取る行動など、「テストの鬼」と呼ばれる学年主席のこの俺でなくたって分かるだろう。  雨宮はシルクのように滑らかな黒髪をくしゃくしゃと軽くかいた後、踵を返した。 「ま、待って! 雨宮!」  俺は慌てて雨宮を呼び止める。  もし先生に告げ口されたら……よくて厳重注意、最悪の場合、停学の可能性もある。そうなればきっとは激怒どころじゃ済まない。  雨宮は俺の呼びかけに応え、ひとまずこちらを振り返ってくれた。しかしその表情は西日が作る陰のせいで窺えない。  彼女は今何を考えているのだろう。まぁ、十中八九軽蔑されているのだろうけれど。  俺はとりあえず携帯灰皿でタバコの消火をしつつ、なんとか取り繕わねばと優秀な頭をフル回転させた。 「えっと、その、雨宮も一本どう?」  そして間違えた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!