約束の日

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約束の日

 迎えた葉風の二十歳の誕生日当日。  何も起こらないと思っていた自分が甘かったのだと葉風は思いながら、自分でも信じられない、二十歳になったばかりのはずの自分に余分に足された数ヵ月分の記憶をたどる。  過去へのタイムスリップなのか、平行世界への移動になるのか……経験した本人が、過去らしき世界では記憶喪失で過ごしていたため、記憶は朧気な部分もあるけれど。  葉風は、二十歳の誕生日に、約束通りロンカたちと共に過ごすべく家に向かったのだ。そして、ロンカの目の前で時空の歪みに吸い込まれて過去らしき世界へと飛ばされ、その反動で記憶喪失になってしまっていた。  素性のわからない葉風を拾ってくれた世羅は、自分の名前すら思い出せなかった葉風にリョクジュという名を与えてくれて、恋をしてみたくて天界から家出してきたのだと冗談っぽく話していたのは憶えている。  恋は、するものではなく落ちるもの。  気づいていなかっただけで、互いに一目惚れだったのかもしれない。  共同生活を続けるうちに自覚した想い。  プロポーズをしたのはリョクジュのほうから。神気が満ちている瀧の近くで、世羅へとその想いを告げた。  プロポーズに使った指輪は、リョクジュ自身の羽根に宿る神気をベースに魔力を込めて結晶化させた自作のシンプルなもの。淡く虹色を帯びた小さな石がついた銀色の指輪を互いの薬指にはめて、二人だけの結婚式で結ばれたのだ。  伴侶となり、関係性というか距離感はずっと縮まって、世羅が子を宿したのも自然な流れ。  けれど、突然リョクジュに記憶が戻ったのだ。  二律背反。  ここに残れば世羅を悲しませずに済むかもしれないけれど、あるべき世界で過ごしたロンカとの約束は果たせない。目の前で突然消えた状況のまま戻らなければ、ロンカを悲しませてしまうことになる。 「ごめん、世羅。僕は……」  葉風としての記憶を取り戻したリョクジュが紡ごうとした言葉は、世羅の人差し指がリョクジュの唇に軽く添えられたことで遮られた。 「言わなくていいわ。なんとなく、わかっていたもの」  そう告げた世羅は、精一杯の笑顔であるべき時代に帰る葉風を送り出してくれたのだ。 「さようならは言わないわ。いつかまた、きっと会えると信じてる」  時を渡り降り立つならば、きっと。  時間がかかってしまっても、いつか、また会えるはずだから。
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