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学園の庭にいくつかあるガゼボは、初々しい恋人たちのものだとされてる。 貴族の子息子女は、たとえ婚約者とであっても男女ふたりきりにはなれないけど。この見晴らしのいい場所にあるガゼボでなら、従者を遠ざけてふたりだけの秘密の会話をすることが出来るから。 その場所と、授業の終わった時間とを指定された私は。 侍女を連れてここへやって来た。 身分の高い方からのお呼び出しだから。 少し離れた場所で立ち止まり「あなたはここで待ってて」侍女にそう言う。 この辺なら話は聞こえないけど、しっかりガゼボを見張れるだろう。もしも私が危害を加えられそうなら大声で叫んでと頼んである。 「お呼びたてして申し訳ない」 すでに待っていた男性は、軽く私に会釈する。 ええほんとに。 そう思うけど言えないわ。 「いえ。お待たせをいたしました」 時間通りに来たけどねっ・・・とも言えない。 目の前に居るのは、公爵家の嫡男。次代の公爵閣下。 伯爵家の次女でしかない私には、文句どころか疑問ひとつ問いかけることは出来ない。何の用なのよ? 私に椅子を勧め、自分も向かいに腰かけた彼は。侍従にお茶の用意を指示した。 この学園は創立以来、事件事故を起こしていない事を自慢にしてる。学園内での帯剣を許していないし、高位の貴族家の方でも護衛を連れる学生は少ない。 仕方なく来たけれど。まさかお茶にお菓子まで用意されてるとは思ってなかったわ。 セレスタイト公爵家嫡男シュウカイドウ様。 話したことが無いどころか、こんなに近くで顔を見るのも初めて。 ロイヤルブルーと呼ばれる青の髪。整った顔立ち。綺麗な肌。冷たく見える切れ長の目。瞳は落ち着いた茶色だわ。 お茶の用意を終えた侍従を。話し声の聞こえない位置まで下がらせると、令息はどうぞ、と言う。 「私の好きなお茶なんだ。気に入っていただけるといいのだけど」 カップを持ち上げる手には剣だこ?美しい所作には似合わない武骨な手。 「ありがとうごさいます。いただきます」 彼が一口飲むのを確認してから、カップを口に運んだ。 ・・・あら、けっこう美味しい。 15歳から3年間。学園へ通うのは貴族の義務だ。 勉学に社交、婚約者探し。卒園と同時に大人と認められるためか、学園生の間は最後の赦された時間だ、と遊び歩く方も多い。 目の前のこの方は3年生。あと半年で卒園のはず。 文武両道で冷静沈着な方だと聞いた。今年の3年生で群を抜いて人気がある男性はこの方と・・・。 「君はアンバー侯爵令息の婚約者だと聞いているんだが、間違いないだろうか」 そうそいつ。アンバー侯爵家長男トリトマ。さらさらの金の髪に大きな碧の瞳。鼻が高くて、すぅらりと背も高くって。誰にでも優しく対応してくれるらしい。・・・女性限定で。 「はい」 抑揚も無く短かった返事は、公爵家嫡男にはお気に召さなかったらしい。 ほんの少し片眉が上がった。 あらまぁ、公爵家の方にしては迂闊ね。 私はそれくらいで表情を崩したりしないわよ。なんだか対抗意識が芽生える。もっともっと所作に気を付けるわ。 何か続けて言うか?と思った時。ちょうど心地よい風が吹いてきて、令息の髪を揺らした。その青の色はほんとに綺麗ね。王族のブルーともよばれる色。彼のお母様は国王陛下の妹。そう、もと王女。 ・・・血筋から考えても爵位から考えても。で無かったら、私と同じテーブルに座るなんて有り得ない人だわ。 この学園は、王都にある学校の中で最大級の敷地を誇り、美しい庭もまたかなり広い。 風がいろんな花の香りを運んできてる。日差しが強くなってくる時期だけれど、このガゼボの下は過ごしやすいのねぇ。 ちょうど1年くらい前には、ここで良く我が婚約者を見かけたんだとか。私の友人だとか味方だとか言い張る先輩たちが、とても詳しく話してくれたっけ。 ”おふたりともお美しくて。並ばれるとまるでそのお姿は絵画のようで” 悪かったわね、私の外見は地味だわよっ! 私が一切隙を見せないので、公爵令息は表情を取り繕った。 「何の話かはお分かりだと思うんだが」 美しい微笑はほんの少し、私に媚びてる? でも動揺はしないわ。ちゃんとアルカイックスマイルが出来ているはず。次代の侯爵夫人となるべく、かなり!鍛えられているのだもの。 「浅学で申し訳ございませんわ。見当もつきません」 不思議そうに答える。 令息はまたも片眉を上げた。 もうちょっとしっかりしなさいよ、足元見ちゃうわよ? 「もちろん、私たちの婚約者の事だ」 はぁ?なにがもちろんなのよ。 「あなたは彼らをどう思っている?」 彼ら?っていうなら、別に。お好きにしたら?って感じかしら。 お陰でこっちは面倒くさいことになってるけどね! でもそんな正直なこと、初対面のあんたに言うと思う? 「どう・・・とは?」 困惑の声。だってほんとに困惑はしてるもの。 やっぱり、こいつ。私に文句を言おうと思って呼び出したの? 最初がきちんとしてたから、違うのかと思い始めてたよ。 お前が婚約者をしっかり捉まえておかないからこんなことになったんだ!とか言う気なの? 筋違いでしょ!そんなこと言ったら殴ってやりたいわ。いやその前に、あんたこそって言ってやる。 相手はふうと息を吐いた。 ため息?! いくらそっちの家格がずぅっと上でも。ちょっと失礼じゃないの? 顔には出さないけどムカッとしてしまう。 前回の夫人教育。アンバー侯爵夫人とのお茶会で同じこと思ったから、余計に。 ”またその話?聞き飽きたわ。 学生の間の事でしょう?卒園したら落ち着くわよ。大目に見てやって頂戴? 貴方は将来、侯爵夫人になれるのだから。これくらいの事笑い飛ばさなくてどうするの” 結婚前から浮気する男と結婚したいって言うと思ってんの?そんな男との結婚がご褒美扱いって失礼過ぎない?! 何度も何度もお願いしてるじゃん。破棄が無理ならもう解消でもいいって。 ”本当に愛しあっておられますもの。私は身を引きますわぁ”なんて嘘までついたのに。 前からずーっと。侯爵夫妻には状況を伝えてきてんのに。聞き流されてばっかり! こんなもん明らかに不貞でしょ。破棄させろ!! 笑みは崩さなかったけど。少し深くなってしまったかも。だめねぇ、私もまだまだだわ。 「・・・すまない。 俺は勝手に・・・あなたも俺と同じ気持ちのはずだと思い込んでいた。 まず・・・俺の気持ちを話すべきだね」 俺? 公爵家の教育ってどうなってんのよ。 俺、ですって。 いやぁね、この麗しきご尊顔に似合わないこと甚だしい一人称だわ。
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