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 初めての本の出版を前にして、私は久々に別荘に向かった。  兵庫県と鳥取県の県境地帯に位置する氷室高原。冬はスキー、夏は避暑地……だが、リゾートというほどの華やかさもなく、今ではすっかり忘れられた観光地になっている。  この氷室高原の別荘を舞台に、私はホラー小説を書いた。家族を襲った列車事故のトラウマを癒すために夏を過ごしにここに来た男が、幽霊や妖怪などの怪異に遭遇し、やがて現実を変容させていく物語だ。「月がわらう夜に」と題したその原稿を、私はこのエブリスタに投稿し、幸運にも「最恐小説大賞」を受賞することができた。その原稿にしつこく手を入れ、「悪い月が昇る」と改題し、大幅に加筆・改稿したものが、五月にはいよいよ出版される予定だ。  小説は私の頭の中から捻り出したフィクションだが、舞台となる別荘地は実在している。祖父母が別荘を持っていて、子供の頃には夏休みによく訪れていたのだ。その祖父母も二人とも亡くなり、私も中学生以降はすっかり足が遠のいた。別荘は親が相続したが、彼らもめったに行かないらしい。かくして、せっかくの別荘はもう何年も空き家同然の状況にあった。
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