じいちゃんの音楽事情

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じいちゃんの音楽事情

「おい、浩明。あの髪の長いニイちゃんは、何を言うとるんや。」  テレビで歌謡祭を観ながら、じいちゃんが俺に訊く。 「じいちゃん。あれは『ラップ』ていうねん。」 「『ラップ』て、包むのか。」 「ちゃうちゃう。その『ラップ』とちゃうで。そういう音楽の種類の名前。歌詞に韻を踏むのが特徴やねん。」 「早口言葉とは違うのか。」 「早口言葉ではないな。」  じいちゃんには、カタカナのつく言葉はなるべく使わないように話す。 「ジャンル」なんて言わずに「種類」、「分類」、「分野」。「ライム」やなくて「韻」。  それでもじいちゃんは、若者の文化には理解がある方やないかと俺は思っている。 「おい、浩明。お前はなんでそんなぼろぼろのズボンを穿いとるんや。母さんに小遣いもろとらんのか。じいちゃんがこうたろか。」 「じいちゃん。服が買えんからぼろぼろを穿いてるんやなくて、これはこういうもんやねん。そういうおしゃれやねん。それに俺、こないだバイト代入ったし。」 「そうか。物は大事にした方がええ。」 「そういうことやないけどな。」  じいちゃんは、言うてることがちょっとずれてるけど、決して俺のすることを否定しない。だから俺は、じいちゃんが家族の誰よりも好き。 「浩明は、その『タップ』ちゅうのは踏めるのか。」 「じいちゃん。それやとタップダンスになる。『タップ』やなくて、『ラップ』。『ラップ』って音楽は、韻を踏むねん。じいちゃん、『韻』は分かるやろ。『坊主が上手に屏風に坊主の』みたいな。」 「おお。じいちゃんもそれ位は分かる。早口言葉やな。」 (しまった。喩えに早口言葉つこたから、ややこしなってもうた。) 「早口言葉とはちゃうけどな。まぁ、そういう要素もあるかな。この人は、韻を踏んだ歌詞を、早口で歌いはるねん。」 「これはうとてるのか。喋ってるんやないのか。」 「ああ、『ラップ』いうのはな、音階はあんまりないねん。」 「そうか。メロデーはないのか。」 (じいちゃん、『メロディー』は分かるのか。『メロデー』になってるけど。) 「あんまりないな。途中でちゃんとメロディーつくけどな。」 「そうか。今の若いもんは、器用にやりよるなぁ。」  じいちゃんは、音楽の生まれた背景や歴史なんかどうでもええのである。だから、ラップがどうやってできたかなんて説明はしない。だけど、じいちゃんが興味を持ったことには答える。  じいちゃんと喋っているうちに、その曲はとっくに演奏が終わっていて、次は女性アイドルグループが踊りながら歌っていた。
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