【短編】メモリアルティアラ

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誕生した新しい命に贈られるメモリアルティアラ。グレンはそれを作る工房で職人をやっていた。その日、制作に取り掛かったティアラは、いつもより作るのにとりわけ気合が入っていた。 もうすぐ自分の子供が生まれてくるのだ。  子供のために作るティアラ。公私混同は良くないとわかっているものの、親になるという感動と実感が月日を超えてやって来ると、どうしても特別な感情が入ってしまうのは致し方ないのかもしれない。 「あんまり気合い入れ過ぎんなよ」  彼の師匠は少しニヤニヤしながらグレンにそう言った。  気合を入れて作り出来上がった自分の子供のためのティアラ。さっそく妻に見せに行く。 「あら、すごく素敵!」  妻は予想通喜んでくれた。グレンは生まれてくるその日を待ちわびていた。 しかし、グレンとその妻の子供は産声を上げることなく、この世を去ってしまった。  師匠はグレンの身を案じ長い休暇を与えようとしたがそれを拒否し、一心にまた仕事に打ち込み始めた。 「私はいいんです、私よりも妻の方が辛いでしょうし。頑張らねばなりません」  贈られることがなかったティアラは店先に飾られることになった。  そうしてしばらくするとお祭りがやってきた。この日は貴族たちが豪華な衣服や宝石を付け、列をなして街を練り歩く「貴族行列」が行われる。  その一つの列が店の間を通りかかった時とある貴族の娘が、店頭に並べられているグレンが作ったティアラを見つけた。  娘は従者にグレンと師匠を呼びに行かせ、こう言った。 「このティアラを私が買う。今度、弟が生まれてくるんだ。そのためのティアラにしたい」 娘は街で最も権威のある家、トール家の次女ヒスイ。家にとって待望の跡継ぎ候補である男の子が生まれてくる。だからこそ自分からも何かお祝いが出来ないかと考えていた最中にこのティアラを見つけたのだ。  グレンが自分の子供の為に作ったティアラの出来は傑作レベルで優れており、ヒスイはその魅力に取りつかれてしまった。  師匠は話を断ろうとしたが、それをグレンは制止した。貴族の命令を断れば後でどんな仕返しが来るか分からない。それを知っていたがゆえにグレンはティアラを買うことを了承した。 「それとのことはサプライズにしたいので私の両親には言わないでください」  グレンはいつものように丁寧な手つきでティアラを梱包して飾りつけを行うと従者に渡して代金を受け取った。  そして予定通りヒスイの家に男の子が誕生した。ベッドに寝かせられた赤ちゃんをみんなが囲んで祝っていた。 「お母様、お父様、私からプレゼントが有ります」  ヒスイは隠しておいたティアラを取り出すとそれを赤ちゃんの頭の近くへと置いた。 「どうですか?本当に素晴らしいティアラです!」  ティアラを置いた瞬間、彼女の両親、そして従者たちは血の気が引いて青ざめた。 ヒスイは知らなかった。メモリアルティアラの本当の意味を。  ティアラは〝身分の確約〟待望の赤ちゃんに飾られたのは貴族ではなく平民のティアラだった。  沢山の従者が見守る中で行われてしまった戴冠。例え年端の行かない少女が行ったとしても貴族の決定は〝絶対〟 否定することが出来ない以上、両親はそれを認めるしかなかった。  次の日、ヒスイと赤ちゃんは捨てられた。  自分の弟を抱えトボトボと街を歩く。なんてことをしてしまったんだと後悔の涙だけが頬をつたい、このまま命を投げ捨てようと考えていた。  しかしヒスイは辿り着いてしまった。ティアラを買ったお店に。  店頭で立ち尽くしているヒスイの存在にグレンは気が付いた。見覚えのあるティアラを抱え、生まれて間もないだろう赤子を抱え、ヒスイは泣いていた。 「あの、ヒスイ様。これはどういう・・・」  泣きじゃくるヒスイをとりあえず店の中に入れて話を聞いた。  そしてヒスイは告げた。メモリアルティアラの本当の意味。そしてそれをサプライズで与えたがために自分と弟は絶縁され、貴族ではなくなってしまったこと。そして 命を投げ出そうとしていること。  グレンは少し考えた。考えに考えてティアラを見つめた。 「ならば、私が何とかしましょう」  2人を自分の家に連れていくと妻に事情を説明する。突然の事で最初妻は戸惑っていたが次第にグレンの真剣さと誠実さに賛同し、自分たちの養子として2人を迎い入れることにした。  赤ちゃんは名前を貰っていなかっため、グレン達によってティムという名前が付けられた。  ヒスイとティムはそれからすくすくと育ち、やがてお酒が飲める年齢になるとヒスイはあることをグレンに打ち明けた。 「あのサプライズは私が考えたんじゃなくて叔母に提案されたの」  当時叔母は男の子を妊娠していた。本来叔母の家は血縁的に跡目争いに参加できない位置だったが、女の子しか生まれてこないヒスイの家の事情もあって、叔母の息子は跡目候補の一人になっていた。  けれどそこに生まれてきた男の子ティム。 「叔母にとってティムは邪魔でしかなかった」 「だからヒスイに持ち掛けたってことか。平民のメモリアルティアラを渡すことを」 「うん」  ヒスイは長い時間ずっと後悔していた。自分だけならまだしも弟のティムを計らずとも貴族から平民に落としてしまったこと。例えそれが他の者の差し金であったとしても実行してしまったのは事実なのだから。  決まって夜になると彼女はその辛さに耐え切れなくなり、庭に出てベンチに座ると泣いていた。  それを知っていたグレンはヒスイを優しく抱きかかえた。静かに。  次の日、グレンの元に電話が入った。相手は貴族の従者。話の内容はヒスイの叔母の息子に子供が生まれるというもの。そしてそのためのメモリアルティアラを作って欲しいという依頼だった。 「わかりました、光栄に思います」  それから睡眠時間を削り、毎日毎日思考探誤しながらメモリアルティアラを作っていく。その様子をヒスイとティムは工房の陰から毎日見ていた。  ようやくティアラが完成するとグレンはヒスイに伝えた。 「明日のメモリアルティアラの戴冠式に一緒に行こう。私の助手としていけばそれでいい」  翌日、グレンとヒスイは職人服を着て家を出た。手にはメモリアルティアラの入った箱。長い時間をかけて作ったグレンの作品。  戴冠式の会場には各国の貴族、有名なスポーツ選手などの要人たちが沢山参列していた。式は滞りなく進められ、そしていよいよメモリアルティアラの戴冠が行われることになり、グレンは呼び出され壇上へ向かった。  壇上へ向かう時、グレンはヒスイにこう言った。 「よく見ておきなさい」  叔母の前で箱を開き、中からメモリアルティアラを取り出す。そしてそれが観衆の目の前に現れると歓声が上がった。 「・・・・あれは」  そのティアラを目にした瞬間、ヒスイは手で口元を覆ってしまった。出てきたティアラは自分がティムに与えたものとそっくりだったのだ。  叔母は何の躊躇も無くグレンからティアラを受け取ると自らの手で孫の頭の近くに置き、孫に貴族という身分を確約した。  そして戴冠式は無事に終わった。  帰り道、グレンはヒスイに話をした。 「あのティアラはヒスイがティムに渡したものと全く同じ材質で作ったんだ」 「どうして私の時とは違って・・・」 「確かに俺の腕はあの時よりも格段に上がってはいる。けれど大事なのはそこじゃない。ティアラの出来なんかあいつら群衆は誰も見てないんだ・・・まあ師匠なら簡単に見抜くだろうけど」 「だからもう既に貴族を含めた人たちはティアラだけ見てもその良し悪しはおろか、一体そのティアラがどのくらいの身分の物なのかなんて言うのは分からないんだよ」 「じゃあ私の時とかさっきの人たちは何を見て身分を判断してたの?」  グレンは煙草に火を付けた。 「箱だよ。ティアラが入っていた箱。なんの箱に入っているかが重要で中身の出来なんか問題にしていない。例え木の枝でティアラが作ってあったとしても彼らは何も思わないよ」  グレンは続けた。 「ヒスイがティムにティアラを渡した時、箱から出して持ってきたんだろう?だから周りの人たちは〝平民のティアラだ〟って感じたんだ」 「そう考えると何となく〝ああ、その程度の人たちの中にいたんだ〟って思わない?」 「思わなくはないけど・・・でも結局、弟の人生を変えちゃったのは私ってのは変わらないから・・・」  夕暮の空に紫煙が立ち上りグレンはヒスイの方を見た。 「弟の人生を変えちゃったのか、変えてあげたのかになるのかはヒスイが持っていた〝中身〟を見極める目の使い方次第」  その言葉にヒスイはグレンの方を見た。 「確かに時間は掛かるかもしれない。だけど俺も見守るよ、その行く先どうなるかを」 静かに日は落ちていった。
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