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教室に残っているのは私と心也だけ。心也はニコニコして、私の机の前の椅子に座る。
「マジック予報士が来ましたよ」
「私がお客ね。アレやってよ、トランプの」
つまんなそうな顔で見返してくる。私がいつも、トランプのマジックばかりお願いするからかな。でも好きなんだよ、トランプのマジックだと、心也と指が触れる確率が高いから。
掛沼心也。お互いの家は10秒もあれば往復可能。スープの冷めない距離って言っていたっけ。心也の父親が学生時代からマジックが出来て、いまは会社員の傍ら、ときどき町の芸術祭などに呼ばれて披露している。心也は二代目って事なのかな。
「では、一緒にカードまぜよう」
うんうん、言われなくてもまぜるよ。机の上でカードを2人でまぜる。
「あっ、ごめん」
指が触れたのではなく当たってしまった。
「何かいまの声マジかわいかったな」
えって顔で思わず心也を見た。
「なに嬉しそうな顔してんだよ。今日何の日か知ってんのかよ」
笑われて、それでも怒る気はなくて。エイプリルフールだって知っていても嬉しい。
まぜたカードから3枚引いて、机の上に置いていく。私には何のカードか分からない。
「この3枚のうち1枚引いて、僕が指定した場所にカードを入れて」
束となったカードの半分から下に、カードを滑り込ませる。
「まぜるよ」
トランプがアーチを作って、パタパタと平らに重なっていく。
「で、僕が指をパチンと鳴らすから、すぐに3秒数えて」
パチンッ
「1・2・3」
なぜか癖で、目を閉じながら数える。数え終わったら、私はカードの1枚の絵札の中にいた。
どうして? 何で私がカードの絵札の中に入ってしまったの? 早く出して!
「僕のトランプのスキルが上がったらしい」
「なに感激してんのよ。早く出してよ」
焦る私を無視して、カードを机の上にまた3枚並べた。机の上とカードに挟まれて、呼吸が上手くできないのに・・・・・・。
「分かった。このカードだ。葉美が選んだカードは、赤のクラブのエース」
そうだよ、私が引き当てたのは、赤のクラブのエース。って、早く私を元に戻して‼
「僕、失敗したの? あークラブのエースのマークが、葉美になってしまった。何で? 今までこんなことなかったのに」
私のいる赤のクラブのエースを表にしてくれた。これで何とか呼吸は苦しくない。マジック予報士が失敗してパニックになっている。
「心也、大丈夫だよ。マジック予報士の心也なら、私を元に戻す事が出来るから落ち着いて」
これはエイプリルフールのせい? マジック予報士が失敗したのって。エイプリルフールのせいじゃないの。
「葉美、午後になれば、カードからの脱出が可能な予報をしてくれるカードが、赤のクラブのエース」
私は教室の時計の時刻を知りたくて、マジック予報士に今の時間を訊いた。
「もうすぐ12時。あと3分。エイプリルフールの嘘の出来事になればいいのに」
何を思ったか、私のいる赤のクラブのエースを真ん中辺りに差し込んで、カシャカシャと音をたてて、まぜ始めてしまった。
まさか初めからマジックやり直し? 私の状態理解している? シェイクされている感いっぱいで、身体全体おかしくなっているんだけれど。
自分で3枚引いて机の上に。そして私のいるカードをまた引いた。もういい加減にしてよ、呼吸が苦しいんだから。
「よしっ、これだ」
裏返った私のいるカード。春の風が気持ち良い。そうこうしているうちに、3分くらい経過しそうだけれど。
マジック予報士が目を閉じる直前に、私のいるカードを上方に差し入れて、アーチを作ってパタパタッと音をたてて平らになった。
私は祈る。どうか元の教室に戻れますように。そして、心也と一緒に帰れますように。
パチンッ
マジック予報士の指を鳴らす音がする。さっきは私が数えたけれど、いまは自分で数えるようだ。
「1・2・3」
その瞬間、春一番のような強風が教室のカーテンを揺らして、私たちへ吹きつけた。
マジック予報士は、吹っ飛んだカードを全て回収し、私のいるカードを胸の前に押し付けた。
マジック予報士の心也の心音を、こんなに近くで聴く事が出来た。でも苦しいなぁ。
窓にかかる白いカーテンに包まれて、私のいるカードに軽く額をくっつけた。
私は何かに身体を押し出されたような感じがして、ウワッと言って元に戻れた。
「ヤッター、成功したんだ。本物だよな葉美の本物」
額に当てたカードから飛び出したから、心也の身体に密着してしまった。
「ギュってして良い? いま、もう午後だからエイプリルフールじゃないよ」
「うん、マジック予報士の心也君。私を元に戻してくれてサンキューです」
そのあと私は、もうカードから出られなくなってしまうのかと思ったら、恐ろしくて仕方なかったと涙ながらに訴えた。
マジック予報士から心也に戻って、同じく涙を流し、私の耳元で言った。
「本当にごめん。怖くて苦しい思いさせて、僕ってマジ最低だ」
100%落ち込んでいる心也に言った。
「だからって、マジック予報士辞めるなんて言わないでよ。午後は嘘つけないからね」
泣きながら頷く心也を、今度は私からギュっとしていた。
(了)
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