バカな女さん

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「藤谷、お前今日内見予約入ってたっけ?」 「はい、就職で地方から上京してくる女子大生です」 「おお、狙い目じゃん。頑張れよ」 「楽勝ですよ」  営業所のデスクで先輩から肩を叩かれて、俺は自信ありげに返した。  不動産会社に勤めだしてもう五年になる。俺もかなり成長した。田舎娘の案内くらい楽勝だ。  親が過保護なケースもあり、そうなるとあれこれうっとおしいが、今回は家探しのために一人で東京に滞在中だと聞いている。 (ただ、同行者はいるんだよな)  俺は申込み内容をちらりと見た。東京に友達でもいるのだろうか。  どうせ歳の近い女友達か誰かだろ、と俺はさほど気にしていなかった。  ところが。 「藤谷、内山さん来たぞ」 「あ、はい! すぐ行きます」  内見予約の女子大生が来店したと聞いて、俺は資料を抱えて表に出た。 「内山さん、お待たせしまし……た……」  営業スマイルで挨拶をした俺は、呆然と目の前の二人組を見た。  いや、正確には、内山さんの隣に立つ大男を、だ。  内山さんは以前と変わらず、小柄で、朝のニュースに出ている女子アナのような清楚で可愛らしい格好をしている。  しかしその横にいたのは、身長が一九〇はあるのではないかというほど高く、更に筋肉質で厚みもあり、顔はその筋の人ですかというくらい怖い、五十代ほどの男だった。 (だれぇ!?)  父親は田舎にいるのではなかったのか。まさかこんなのが友達なわけはないだろう。もしや入社予定の会社の上司だろうか。いやそこまで新人の面倒見るか? 「あ、お、お父様とご一緒にいらっしゃったんですか?」 「いえ、ただの付き添いですので、気にしないでください」  にこりと笑って内山さんが答えた。いやだから誰だよ。  しかし同行者の申請は事前に貰っているし、本人が気にするなというのにそれ以上深堀りはできない。  俺は内心怯えながらも、二人を案内用の車に乗せた。  運転しながら、俺は頭の中で今日の予定を組み立て直していた。  くっそ、あんなのがいるなら明らかなハズレ物件の案内はできない。  上京したての女子大生なんて、うまいこと言いくるめればいつまでも残っている不良物件を押しつけられると思ったのに。  わざわざ連れてきたということは、物件の良し悪しを判断するのはあの男の方なのだろう。  もしかしてパパ活相手で、家賃を負担してくれるのだろうか。だとしたら住む場所に口を出すのも納得できる。しかし、予算として提示された額は至って一般的な額だった。むしろ少し低いくらい。パパに頼るのなら、もう少しいい条件で探せるだろうに。 「こちらが一つ目の物件になります」  俺はまず最初に安牌である物件に案内した。特別良い点も悪い点もない、そこそこの物件。これなら初手から大男の機嫌を損ねることはあるまい。まずは反応を見て、それからこの後のプランを組み立て直そう。 「日当たりがいいですね」 「そうなんですよ! ちょうど角部屋が空いてますし、家賃も手頃ですよ」  よし、掴みは悪くなさそうだ。ほっとして俺は部屋の説明をする。 「内山さんの希望通り、コンロも二口です。バストイレは一緒になりますが、こちらは問題ないとのお話でしたし。駅から多少歩くのは難点ですが、十分歩ける距離だと思いますよ」  田舎に住んでたんだから、歩くのは得意だろう。そんな言葉は隠して、俺は()()()笑顔を向けた。  すると大男は、じろりと俺を睨んだ。  ひゅっと身が竦む。俺なんかした!? 「藤谷さん。彼はあくまで付き添いで、契約するのは私ですから。説明は私に」 「あ、は、はい、わかりました」  こっわ。というか何か喋れや大男。  名前も知らない男を、俺は恨めしげに盗み見た。  その後も何件か物件を案内したが、事あるごとに何故か俺は大男に睨まれていた。だから何か不満あるなら言えよ!  しかし睨んでくるということは何か気に食わないことがあるのだろう、何が気に障ったのかわからないので、結局俺は微妙な物件を案内することはできず、予定になかった良物件にまで案内するはめになった。 「うん、ここいいですね。ここで契約します」 「あ……ありがとうございます……」  俺はどっと疲れて、そう返事をこぼした。  くそう、最後の方まで目玉物件として取っておくはずの物件だったのに。こんなシーズン序盤で。  車で営業所に戻り、手続きの書類を揃えて、俺は席についた。  カウンター越しに細々とした契約の説明を始めるが、大男はたいして聞いていなかった。それどころか、内山さんが書類を記載する時には、あからさまに見ないようにしていた。同行者にしては不可解な行動に、まだ何か気にかかる点でもあるのかと、俺は顔色を伺いながら対応した。  結局契約が終わるまで、大男は口を開くことはなかった。 「ありがとうございました」  店を出た二人を、頭を下げて見送る。  やっと終わった。結局なんだったんだ、あの大男は。  溜息を吐きながら店から離れた場所にいる二人に視線をやると、なんと内山さんが大男に金を渡していた。 (なんで!?)  パパ活なら内山さんの方が金を払うわけがない。借りていた金を返したとかそういう話だろうか。  客のプライベートに口を挟む権利はない。だけど俺はその光景がどうしても忘れられなかった。  だから。 「内見の時にいた付き添いの方は、どなただったんですか?」  後日鍵の受け渡しに訪れた内山さんに、俺は思い切って尋ねた。 「すみません、不躾に。内山さんが、あの後お金を渡しているのを見てしまって。何か困っていることがあるなら、と思ったのですが」  苦しい言い訳だろうか。でも、どうしてもあの男の正体が気になった。  内山さんは少し黙って目を伏せて、にこりと笑った。 「初対面の知らないおじさんです」 「……は?」  俺は目が点になった。 「お金を払っていたのは、私があのおじさんを雇ったからです。正確には、ちゃんとした会社を通して借りたんですけど」 「か、借りた? おじさんを、ですか?」 「はい」  わけがわからなかった。  初対面の知らないおじさんを、物件探しに同行させる? お金を払って借りてまで? 何故?  疑問を隠そうともしない俺に、内山さんは静かに笑った。 「内見の時藤谷さんは、引っ越しするのは私だと知っているのに、あのおじさんに物件の説明をしましたね」 「え……はい」  それは、あの大男が物件を見定める役割なのかと思ったからだ。わかる人間に説明をしないと意味がない。   「私に説明してください、とはっきり主張したにも関わらず、その後も度々おじさんに説明してましたね」 「す、すみません」  そうだっただろうか。そうだったかも。だって睨むから。 「そして契約の時にも、おじさんに向かって話してましたね」 「それは……はい」  だって契約の話なんて、大学卒業前の小娘にしたってわかりゃしないだろう。  だからいた付き添いなんじゃないのか。 「だから、ですよ」 「は?」 「だから借りたんです。おじさんを」  ぽかんとした俺を置き去りに、鍵を受け取った内山さんは帰っていった。  だから。だから? 「いやだからなんでなんだよ!!」  結局彼女がおじさんを借りた理由がさっぱり理解できなくて、俺は地団駄を踏んだ。  これだから最近の若い女は!!
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