1.お仕事紹介します

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 屋敷に入ると昔から仕えている一条家の好々爺が曲がった背中を更に曲げて、瑪且と葛葉を迎え入れた。やはり瑪且の様子を見ても全く動じず、穏やかな口調で奥を指し示す。 「お帰りなさいませ、葛葉様。お部屋の用意は整ってあります」 「分かった。今から…そうだな。夕方くらいまで部屋に入らないで。それでダメだったら調教部屋の用意を」 「相畏まりました」  葛葉は瑪且を抱えたまま、檜の太い柱が何本も建ち並ぶ廊下を颯爽と歩いていく。途中何人もの使用人ともすれ違ったが、誰も2人の様子に驚く者はいなかった。  歩く振動でさえも体に響き、瑪且は葛葉の体にぎゅっと抱きつく。その姿に葛葉の口許が僅かに緩むが、今の瑪且では気づけなかった。  そうしながら中庭の外廊下を歩いていくと、榊と紙垂が障子戸前に飾られている部屋に到着した。葛葉が何やら小さな声で呪文を呟くとぶわっと強い風が立ち込め、障子戸いっぱいに大きな五芒星が赤く浮かび上がったかと思うとスパンっと小気味良い音を立てて、戸が左右に開いた。  部屋は40畳ほどある広い和室で、真ん中に真っ白な布団が一式敷いてあり、白地に赤い五芒星の紋付羽織が置いてあった。さらに、その周りに5枚の五芒星が書かれたお札が均等に布団の左右上下に置かれ、部屋の四隅には盛り塩、皿に注がれた御神酒があり、布団の横には瓶子と皿が二対置いてあった。  胎の奥がさらに熱くなる。 「っん、ぅう…っっ」  部屋の清浄な空気に生き霊が怯えているのが分かる。ここは除霊を行う儀式の部屋であり、それに反応しているのだ。  葛葉はそっと瑪且を布団の上に降ろす。汗が滲む額を手のひらで撫でられる。 「よく頑張ったね。もう少しだからね、瑪且」 「…っ、葛葉、さん…」  その言葉はいつも瑪且の心を落ち着かせる。しかし、今日はまだまだ時間がかかることが分かりきっていて、素直に安心できなかった。  葛葉が布団の横に置いてあった瓶子を手に取り、皿に御神酒を注いでいく。酒の甘い匂いが鼻腔を擽った。すると、不意に顎を持ち上げられて唇を塞がれる。開いたままの唇の間から、とろりとした液体が咥内に入ってくるのが分かった。  ごくりとそれを飲み干す。 「ん、ぅ…」 「…はぁ…。さぁ、はじめようね、瑪且」 儀式の始まる合図だった。
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