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 女性の年齢は、ふたりとも二十歳前後だろうか。あどけない顔立ちを見ると、「女性」というより、「女の子」というのが似合っている。服装は、ふたりともひざの見えるスカートとニットのセーターだ。カジュアルな服装から推測して、学生か、国内の旅行者といったところか。  そんなふたりが、目をとろんとさせ、(ほう)けたような表情をうかべ、夢遊病者のように頼りない足取りで、私たちのほうへと歩いてくるのだ。 「まずいな」  と、私は今度は口に出して言った。 「あら、『魅了(みりょう)』しちゃったのかしら」 「そのようだな」 「じゃあ、しかたないわね。つれて帰りましょ」 「つれて帰るだと?」 「そうよ。それしかないでしょ?」 「おいおい、旅行中は、目立つことはしない約束じゃないか」 「じゃあどうするの、あのふたり?」 「どうするって、その……」 私は返事に(きゅう)した。  私たちには、人間を『魅了』して、夢遊病者のようにしてしまう能力がある。そうなった人間になにをしようと、私たちの思うがままだ。  ただ、困ったことに、まれにだが、自分の意思によらずに、人間を『魅了』してしまうことがあるのだ。そして、いったん『魅了』してしまうと、それを解除することは、私たち自身にもできないのだった。 「大丈夫よ、あなた。今度もうまく処分してくれるんでしょ? ね?」  リサが私を見てほほえむ。美しい妻のお願いに、私は弱い。  そうとも。  結婚してからの百五十年というもの、私はこの美しい妻に逆らえたことなど、一度もなかった。私は妻の奴隷(どれい)のようなものだ。 「そうだな」  と、私は気を取り直した。「死体の始末は、いつものように執事たちがうまくやってくれるだろう」 「ふふ、今夜はごちそうだわね」  妻がうれしそうに笑む。唇のあわいから、上下合わせて四本の牙が光った。  私はもう一度、うしろの若い女たちをふりかえった。あのふたりのうちの、ひとりは妻が、もうひとりは私がいただくことになるだろう。  人間は誤解しているが、私たちは、血を吸わなくても生きていける。ただ、血が最大のごちそうであることは、間違いない。  さて、やると決めたのなら、さっさと帰ることにしよう。  私たちはふたりの女の子をひきつれ、再び夜の街を歩きだした。  久しぶりに心が浮き立っている。  なんと言っても、夜は私たちの世界だった。                              〈了〉
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