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「ケイくん!」
彼の住むアパートの階段をあがり二階につく。右側の角部屋。そういえば、もう半年近くこの家にはきていない。だが、だからと言ってそれが別れの理由になどなるはずがない。彼女はインターホンを押した。
反応がない。
二度目のインターホンを押す。
反応がない。
それどころか、部屋のなかに人の気配を感じなかった。
「まさか……」
チヨは、先ほどのケイからのメッセージを思い出した。草を生やし散らかした二通目のメッセージだ。
「おれは自由に遠くに行くから」
まさかケイは、別れ話をされた自分がケイの部屋に押しかけることを予想していたのではないだろうか。いや、だが、それがどうした。どこに行っても、彼が帰ってくるのはこの家のはずだ。チヨは慌ててアパートの階段を降りた。一階の排水管に向かう。この排水管はブロック塀とのあいだに位置しており、人が入る隙間などない。よほどのことがないかぎり誰もこの場所にはこない。
その場所で、彼女は手を伸ばした。排水管の口に指を入れる。そこは、チヨとケイの二人だけの秘密の場所。ケイはいつもチヨのためにこの場所に、部屋の鍵をテープで貼って隠しているのだ。
「何年つきあってると思ってるのよ」
チヨはやけになっていた。涙を流し息を切らせたまま、排水管のなかをあさる。鍵はどこだ? 彼女は入念に探す。
「あった」
チヨの指にふれるものがあった。しっかりとテープで貼りつけられている。彼女はそれを力まかせに引っ張り出した。汚れまみれの彼女の手には鍵ではなく、メモ用紙が握られていた。
「残念でした」
ケイの字でその一言が書いてあった。彼女は放心した。ここに彼の鍵がない。おまけに彼も部屋にいない。先ほどから何度も電話をかけているが、電話にも出てくれない。まるであてもなく、彼女の孤独が強調される。
「ハクション!」
くしゃみが聞こえる。彼女は振り向く。ガラの悪い中年女性が盛大なくしゃみをしている。
「あー、花粉うっとおしい」
このアパートの大家だった。彼女とは面識はあるが、話したことはない。どちらかといえば、怖くて話しかけたくないと思っている。
大家はチヨの顔をチラと見るとスマートフォンを操作した。まさか、自分を不審者扱いして警察にでも通報しているんじゃないかとも思ったが、彼女がそれほど他人に興味がないことは知っていた。おそらく知りあいにでもひまつぶしの電話をかけているだけだろう。そう思った。
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