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到着してすぐに、どちらともなく口を開く。
『長谷田の……』
諸悪の根源ともいうべき彼女の顔を思い出し、2人は何とも言えない表情で顔を見合わせた。
帯につけたカエルの根付を、自信を貰うようにサラリと撫でた信二は、深く頭を下げる。
「すみません。長谷田さんに飲み会で言われて、デートにいこうってあなたに嘘をつきました。今日のこの服装は、びっくりして帰るって言ってくれたらいいなっていう、勇気のない僕の卑怯な思い付きです」
「私も同じ。あなたが嘘をつくよう強いられていると分かったのに、なにもできなかった。服装の意味も、ほとんど同じなの」
ため息をついた夏美は、空を見上げる。
夏の空は青く、暑い。彼女の肌は小麦色に焼けていて、とてもよく夏が似合っていた。
「私さ。新卒のときから、長谷田さんに目をつけられてるの。たぶん、彼女が惚れてる飯村さんが私の教育担当になったせい。で、その飯村さんがこの前結婚しちゃって……余計にこじれてるのよ」
夏美は信二へ目をやった。
彼女は彼女で、驚いていた。全力で謝ろう、この姿を見せて何とか自分にこれ以上のかかわりを持たないようにしよう。
そう考えてやってきたデートで、信二はまさかの着物を着て現れた。しかも考えていたことは、自分と全く同じだった。
嘘が本当になるのは、アリなのかも。
夏美は慌てて自身の考えを消そうとして、失敗した。
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