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 四月一日。エイプリル・フール。  例年と同じく、この年のこの日の春も季節の変わり目だった。気温、天気の変化が激しく、日替わりで晴れたり曇ったり、雨が降ったりしていた。エイプリル・フールでもあったその日は、異常気象のためか、四月の初めにしては汗ばむほどの陽気だった。  私は大学の入学式を四日後に控え、明日はもう下宿先へ越さなければいけない。別に忙しくはないが気ぜわしい、そういった時だった。千尋から電話がかかってきたのは。  どこへ行く用事もないから、散歩しない? と彼女は言った。何かやってないと落ち着かない、せっかちな彼女らしくて私は笑った。でも、千尋との散歩もこれからはできなくなる、そう思うと寂しくなった。春特有のセンチメンタルにかかってしまったのかな、私らしくない。気持ちを打ち消しながら、待ち合わせの場所へ急いだ。  市内には川がたくさん流れていた。中心部に近い川岸にある公園の桜並木は、散歩コースとしても有名だった。この季節になると、会社関係の花見で席取り担当を命じられたのだろう、若手社員らしい人が青いビニールシートを木の根元に広げ、昼寝している光景がよく見られた。  川は汽水域で、流れる水の量には時間によって干満の差があった。今は満潮ではないが、全ての水が引いている水量でもない。水は、海へ向かい引いているのだろうか、海からさかのぼり満ちてきているのだろうか。穏やかに揺れる水面を見るだけでは分からなかった。  護岸の石垣には、満潮時の水位のところで川に降り落ちた桜の花びらがくっついて、流れていかないでいた。それを見て、私は桜がもうどれくらい散っただろうか、と思った。  今年はまだ五分咲きのせいか、席取りの人はいない。平日の昼間だからだろう、公園には日向ぼっこの老人と、母親に連れられた子供たち、または何人か連れの観光客がぽつりぽつりといるぐらい。母親の子供を呼ぶ声が辺りに響きながら空回りする。袋からパン屑を取り出し地面に撒いている老女の周りにはどこから来るのか、たくさんの鳩が群がって、われがちに餌を奪い合っている。羽毛の空気をはらんでこすれ合う音が、とぎれとぎ聞こえた。  そこらじゅう閑散としていた。  桜並木も満開の華やかさからはほど遠く、横に広がるように伸びた枝の形ばかりがくっきりと目につくほど露わだ。咲き始めたつぼみのささやかな紅は、それでも自己主張するように小さく膨らんでいた。それは、この閑散とした風景にはよく似合っているように思えた。
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