#1 惨殺列車

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#1 惨殺列車

地下鉄は、通勤客や学生でいつにも増して混み合っていた。  朝一番の営業会議に間に合わせるため、1本早い電車に乗ったばかりにこの始末だ。  空調はまったく役に立たず、周囲から押し寄せてくる汗と腋臭と化粧の匂いに、彼は今にも吐きそうだった。  身体をおしつけてくる背広姿の男たち。  目と鼻の先には若いOLの髪の毛がきていて、ともすれば彼の鼻孔をくすぐった。  汗ばんだ身体同士が密着して、下手すれば痴漢に間違われそうだった。  そんなに押すなっていうのに。  彼は敵意むき出しの眼で、周囲を睨みつけた。  だいたい、なんで若い女やガキどもが座席に座ってやがるんだ。  まったく、どいつもこいつも…。  心の中で、そう愚痴った時である。  ふと、人垣の間から空席が見えた。  こんなに混雑しているのに、そこだけひとり分、シートがぽっかりと空いている。  自分の眼が信じられなかった。   シルバーシートでもないのに、これはいったいどうしたことだろう?  が、迷っている場合ではなかった。  会社まで、あと1時間近く電車に揺られていなければならないのだ。  ゆうべ飲み歩いて遅かったせいで、睡眠も足りていない。  ここはぜひとも席を確保して、少しでも身体を休めたいところである。  つり革を次々に持ち替えて、移動を開始した。  押しのけられたOLが睨んできたが、何、かまうものか。  どけどけどけ!   俺はあの席に座りたいんだよ!  苦難の末、やっと空席の前に来た。  3人掛けのシートのドアに近い所に老婆、真ん中に髪の長い女が腰かけていて、奥の一人分だけが空いている。  やった!   間に合った!  カバンを抱え、腰を下ろそうとした時だった。  真ん中の女が、ふいに顔を上げた。  垂らした長い前髪の間から、血走った眼が覗いている。  その目と、一瞬、視線が絡み合った気がした。  なんだこいつ、気味悪いな。  心持ち老婆の方に身を寄せて、彼はシートに腰を下ろした。  とたんに、激痛が全身を駆け抜けた。  満員の車内に、悲鳴が上がった。 「血が…血が…!」  若い女の声だった。 「誰か、け、警察を!」  男の声が叫んだ。  誰かが非常ボタンを押したらしい。  警報が車内に鳴り響く。  金切り声を上げて、列車が減速し始めた。  車体が大きく傾き、あちこちから怒号と悲鳴が沸き起こる。  その反動で、乗客たちの足元に、ねっとりとした血の川が流れ始めた。
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